勝盛達之助
From Wikipedia, the free encyclopedia
広島県安芸郡呉村(現・呉市)出身[2]。先代達之助の長男[3]。私立光道館卒業[6]。1882年、父に従い、広島市猫屋町に移る[2]。先代を補佐して家事に従事[6]。1908年に家業を継ぎ、海産物問屋兼輸出業を経営[注釈 1]、同年5月より12年間猫屋町町総代を勤める[2]。
1909年、家督を相続し四方吉を改め襲名する[3]。1913年2月より連続8期広島商工会議所議員に当選、その間2回副会頭となり、1940年2月に広島商工会議所会頭に就任する[2]。1941年2月に同所顧問を委嘱される[2]。
1921年6月より連続5期広島市会議員に当選、その間名誉職市参事会員に3回当選する[2]。1941年2月10日、広島市会議長に就任する[2]。
1934年2月、広島市水産会副会長に就任する[2]。1940年2月、広島県商工団体連合会会長に就任、同年4月広島工業港修築期成同盟会副会長に就任する[2]。