山本久雄
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広島県出身[2]。広島市議、同議長、広島県議、同副議長、広島県市部会副議長、広島市助役、市長代理助役となる[2]。
戦後の1947年の初の公選による広島市長選挙に立候補し、1位となったが、法定得票に満たなかったため、2位の浜井信三(第二助役)との決選投票になった。しかし、山本は途中で立候補を辞退したため、浜井が当選者となった[3]。
1949年の第24回衆議院議員総選挙では広島1区から民主自由党公認で立候補して当選した[4]。衆議院議員を1期務めた。この間自由党総務となった[2]。1952年の第25回衆議院議員総選挙には立候補しなかった。
このほか広島県復興(株)取締役、広島薪炭(株)常務取締役、広菱倉庫運輸、竹原海運各(株)取締役、山陽ゴム(株)会長を務めた[2]。1962年死去。