勝茂夫
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生い立ち
東洋棉花に勤務する父親の西ドイツ駐在に伴い[1]西ドイツに渡り、現地のギムナジウムに通うこととなった[1]。そのため、勝家の会話は、日本語よりも主としてドイツ語が用いられていたという[1]。日本に帰国した際、日本の学校に通った経験が皆無であり、日本語にも不安があったことから、ドイツ語教育を手がけるなど西ドイツに縁のある獨協高等学校に通うことにした[1]。
東京外国語大学卒業後[2]、ウィーンへの留学を経て、東京大学大学院を修了した[2]。
国際公務員として
大学院生の頃から開発に興味を抱き、大学院を修了すると国際連合工業開発機関に勤務した[3]。国際連合工業開発機関では発展途上国の開発事業を手がけ、カリブ海の小国グレナダでは同国の計画省にて開発アドバイザーを務めた[3]。2年ほど勤務する間に、発展途上国の開発により深くかかわりたいとの思いを抱き、1979年に世界銀行に入行した[3]。世界銀行では、主として西アフリカプロジェクト局のエコノミストとして勤務し、ベナンやコートジボワールなどにも赴任した[3][4][5]。2003年、世界銀行にて、欧州・中央アジア地域を所管する副総裁に就任した[3][4]。