北口晃
From Wikipedia, the free encyclopedia
関西学院大学ではサッカー部に所属し、在学中の1956年に開催されたメルボルンオリンピックのサッカー日本代表に選出された。11月17日にメルボルンで行われたメルボルン・ハコア(オーストラリア)とのテストマッチで代表デビューを飾った[2] が、五輪本戦 (11月27日) での出場機会は無かった。
大学卒業後の1957年より新三菱重工(1964年より三菱重工業へ名称変更)に入団。生駒友彦や井上健らと共に創設期の三菱重工を牽引し、1959年の全日本実業団サッカー選手権大会準優勝などに貢献した。
日本代表としては上記のメルボルン五輪以外に、1958年アジア競技大会、1959年のローマオリンピック予選など国際Aマッチ10試合に出場して1得点を記録した。現役引退後も三菱グループ内でサッカーを続けた[3] が、1979年にアキレス腱を断裂して一時サッカーから遠ざかった[3]。2005年、神戸市須磨区の「櫻ミッションフットボールクラブ」の設立発起人となった[3]。
所属クラブ
- 1950-1952 明星高等学校
- 1953-1956 関西学院大学
- 1957-1966 新三菱重工/三菱重工