南海北島支線
From Wikipedia, the free encyclopedia
概要
もともとはこちらが加太線の本線で、紀ノ川駅経由の現路線は松江線(まつえせん)という貨物線として、重量貨物列車運転のために戦時中に開業したものであった。
しかし1950年(昭和25年)には旅客列車も紀ノ川駅経由に運転系統が変更された。その直後の9月3日、ジェーン台風の襲来で紀ノ川橋梁が被災し、電動機の数を4個から2個に減らした電車で徐行運転で通過するようになった[1]。さらに1953年(昭和28年)7月18日の水害で橋脚が傾斜して不通となり[2]、9月15日に和歌山市 - 北島間は休止許可を得た[3]。1955年(昭和30年)には廃止された。この時に松江線が加太線に編入された。盲腸線となった残る北島 - 東松江間は北島支線と改称され、1966年(昭和41年)に廃止された。
なお、旧紀ノ川橋梁は道路となり、二輪車と徒歩でのみ通行可能な河西橋として使用されていたが、老朽化により橋の架け替えが決定。2014年(平成26年)から工事が始まり[4]、2025年(令和7年)に新橋梁が完成した[5]。
路線データ
運行形態
歴史
- 1912年(明治45年)6月16日:加太軽便鉄道が和歌山口(のちの北島) - 中松江 - 加太間を開業。和歌山口駅(初代)・島橋駅開業[6]。
- 1914年(大正3年)
- 1930年(昭和5年)
- 1942年(昭和17年)2月1日:南海鉄道に合併、加太線となる。和歌山口駅を和歌山市駅に統合。
- 1944年(昭和19年)6月1日:関西急行鉄道と合併し近畿日本鉄道となる。
- 1947年(昭和22年)6月1日:旧・南海鉄道の路線が南海電気鉄道に分離譲渡。
- 1950年(昭和25年)
- 1953年(昭和28年)
- 1955年(昭和30年)2月15日:和歌山市 - 北島間が廃止。紀ノ川 - 加太間を加太支線(1994年頃から加太線)、北島 - 東松江間を北島支線に変更。
- 1966年(昭和41年)12月1日:北島支線北島 - 東松江間が廃止。
