北河原公平
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華族・北河原公憲の息子として生まれる[1][4][5]。父の死去に伴い、1892年(明治25年)4月8日、男爵を襲爵した[1][4][5][6]。
学習院中等科を卒業[2]。一年志願兵となり、1894年(明治27年)陸軍歩兵少尉に任じられ、その後、歩兵中尉に進み、日露戦争の功により功五級に叙せられた[5]。
1901年(明治34年)横浜税関雇となる[2]。以後、税務署税務属、産業銀行監査役、産業貯蓄銀行取締役、奈良瓦斯常務取締役、同社長、太陽電気瓦斯工業監査役などを務めた[2][5]。
1922年(大正11年)6月3日、貴族院男爵議員補欠選挙で当選し[7][8]、公正会に所属して活動し死去するまで3期在任した[2][9]。
人物
住所は奈良市西木辻仲町[3]。
