北谷村 (新潟県)
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| きただにむら 北谷村 | |
|---|---|
| 廃止日 | 1953年(昭和28年)10月10日 |
| 廃止理由 |
編入 北谷村 → 南蒲原郡見附町 |
| 現在の自治体 | 見附市、長岡市 |
| 廃止時点のデータ | |
| 国 |
|
| 地方 |
中部地方、北陸地方 甲信越地方 |
| 都道府県 | 新潟県 |
| 郡 | 古志郡 |
| 市町村コード | なし(導入前に廃止) |
| 総人口 |
4,663人 (1950年(昭和25年)10月1日) |
| 隣接自治体 | 古志郡山本村、新組村、上北谷村、南蒲原郡見附町、葛巻村 |
| 北谷村役場 | |
| 所在地 | 新潟県北谷村 |
| 座標 | 北緯37度30分17秒 東経138度55分40秒 / 北緯37.50483度 東経138.92775度座標: 北緯37度30分17秒 東経138度55分40秒 / 北緯37.50483度 東経138.92775度 |
| ウィキプロジェクト | |
地形
村の北側を刈谷田川が流れ、見附町との境界を成していた。刈谷田川は1941年(昭和16年)に河川改修が竣工するまで、当村付近では北(見附町側)へ大きく蛇行していた。この蛇行部の内側(のちの南本町一帯)は地籍上は当村名木野の一部であったが、対岸から見附市街が拡大し「市谷(いちや)」と通称される村内最大の商業地であった。そのため北部は見附町との結びつきが強かった。
一方で、村域の中央部には岩佐山(いわさやま)と呼ばれる丘陵が突き出ており、田井、椿沢といった南部はむしろ山本村(現長岡市)との関係が深かった。このことが見附町への編入を望む北部と山本村との協調(すなわち長岡市への編入)を望む南部の対立を生んだが、結局全村が見附町と合併することで決着した。
また北部の大半は刈谷田川の、南部は猿橋川支流各河川の流域に分かれており、21世紀に入っても当地域内では水害対策などを巡って南北の利害が対立することがある[1]。