Wikiwand AI

寺泊町

日本の新潟県三島郡にあった町 From Wikipedia, the free encyclopedia

寺泊町(てらどまりまち)は、新潟県の中部にかつて存在した三島郡の町。2006年1月1日長岡市に編入され消滅した。西廻り航路の港町、北陸街道の宿場町として知られていた町である。本州の中では佐渡島と最短の距離にあり、佐渡との間を佐渡汽船が定期航路を運航していたほか、古くから佐渡と本土を結ぶ拠点となっていた。

廃止日 2006年1月1日
廃止理由 編入合併
栃尾市、寺泊町、与板町、和島村→長岡市
現在の自治体 長岡市
国 日本の旗 日本
概要 てらどまりまち 寺泊町, 廃止日 ...
てらどまりまち
寺泊町
魚の市場通り
寺泊町旗
寺泊町旗
寺泊町章
寺泊町章
寺泊町旗 寺泊町章
廃止日 2006年1月1日
廃止理由 編入合併
栃尾市、寺泊町、与板町、和島村→長岡市
現在の自治体 長岡市
廃止時点のデータ
国 日本の旗 日本
地方 中部地方、北陸地方
甲信越地方
都道府県 新潟県
郡 三島郡
市町村コード 15406-7
面積 58.16 km2
総人口 11,636人
(推計人口、2005年12月1日)
隣接自治体 新潟市、長岡市、与板町、和島村、出雲崎町、弥彦村、分水町
町の木 トゲナシニセアカシア[1]
町の花 ハマナス[1]
他のシンボル -
寺泊町役場
所在地 〒940-2592
新潟県三島郡寺泊町上田町8224-2[1]
外部リンク 寺泊町のデータ(長岡市)寺泊町(Internet Archive)
座標 北緯37度38分42秒 東経138度46分13秒
寺泊町の位置
特記事項 世帯数:3,244世帯(2005年3月1日)
ウィキプロジェクト
テンプレートを表示
閉じる
長岡市における平成の大合併。当町は北部に位置する。

地理

大河津分水路の開通により海岸線が大きく前進したことで知られている(詳細は大河津分水路#分水路の影響を参照)。

隣接していた自治体

歴史

『吾妻鏡』の中に、貞応3年2月29日(1224年3月20日)の記述として、女真の船が越後国寺泊に漂着して、その際に乗船していた一行が持っていた銀簡に意味不明の4文字が記されていたことが記されている。

沿革

市町村合併

平成の大合併で、県が示した合併構想は4か町村(岩室村・弥彦村・分水町・寺泊町)による合併案であったが[2]、結果的には長岡市への編入となった。

行政

  • 高橋 誠(1988年7月3日から)

経済

産業

古くから漁業が盛んであり、市街地の国道402号沿いに海産物の店舗が軒を連ねる「魚の市場通り」は有名。関越自動車道開通後は数多くの観光客が県外から訪れるようになった。角上魚類の本社が置かれている。

大正前期から1940年(昭和15年)頃までは養蚕が盛んに行われていたが、戦後は開墾や土地改良事業が実施され稲作に重きが置かれるようになったため激減した[3]。

姉妹都市・提携都市

国内

教育

生活基盤

電気

かつて寺泊町には電燈会社があった。才賀藤吉が1911年(明治44年)9月事業許可を受け[5]、1912年(明治45年)3月三島電気を設立[6]。1914年(大正3年)2月事業を開始した。寺泊町に発電所(瓦斯力)があり供給区域は寺泊町だった[5]。

交通

鉄道跡地と最新のバス路線図。左上が当町域。
寺泊港 佐渡汽船のりば。現在は板囲いで閉鎖されている

鉄道路線

尚、かつては私鉄路線である越後交通長岡線が存在したが、1975年3月31日をもって廃線となっている。JRの寺泊駅(旧大河津駅)は寺泊市街地とは大きく離れた場所にある。

道路

船舶

寺泊港と佐渡市赤泊地区の赤泊港とを結ぶ「両泊(りょうとまり)航路」があり、佐渡汽船が定期旅客航路を運航していた。
詳細は佐渡汽船の項目を参照

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事

寺泊中央海水浴場
寺泊町立水族博物館

海や漁業を活かした観光施設のほか、「北の鎌倉」「日本海の鎌倉」と呼ばれるほど多くの寺院や史跡が存在する[7]。

出身有名人

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

Related Articles

Timelines

Top Qs

Fact Checks