十二金人

From Wikipedia, the free encyclopedia

十二金人(じゅうにきんじん)は、中国始皇帝紀元前221年また諸国の武器を集めて鎔かし12体の青銅巨人像を製造した。十二銅人金人十二とも称される。主に『史記』などの歴史書や民間伝承に記録が残るが、現存せず考古学的実証もない伝説的文物とされる。

史記』秦始皇本紀によると、秦の天下統一後、全国から収集した兵器を溶解して鋳造したと記載[1]賈誼の『過秦論』にも「銷鋒鏑,鑄以為金人十二」との記述がある。後漢の班固が編纂した『漢書』芸文志では、各金人の高さ「五丈(約11.55メートル)」、重量「各千石(約30トン)」と記録[2]

構造と意匠

  • 形状:『三輔旧事』では「坐高三丈(約6.93メートル)」「胸前に銘文」と描写
  • 装飾:『水経注』河水篇に「匈奴を象った」との説あり
  • 銘文:『長安志』巻十二に李斯篆書説を記載

学術的見解

現代の研究では以下の説が提唱されている:

  1. 政治象徴説宮崎市定らが主張する中央集権の視覚的アピール説[3]
  2. 冶金技術説銭穆による青銅器生産力誇示説
  3. 伝説創作説白鳥庫吉が指摘する漢代の反秦プロパガンダ説

後世の伝承

  • 代『酉陽雑俎』:洛陽郊外で一部出土との伝説
  • 代『帝京景物略』:永楽帝が北京城造営時に発見試みた記録
  • 現代では西安市政府が2010年に「金人復元プロジェクト」を発表(学術界から考古学的根拠不足を指摘され中止)[4]

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI