十勝三股駅
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| 十勝三股駅 | |
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代行バス待合室と上士幌タクシーによる代行バス(1986年) | |
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とかちみつまた Tokachimitsumata | |
| 所在地 | 北海道河東郡上士幌町字三股 |
| 所属事業者 | 日本国有鉄道(国鉄) |
| 所属路線 | 士幌線 |
| キロ程 | 78.3 km(帯広起点) |
| 電報略号 | ミマ |
| 駅構造 | 地上駅 |
| ホーム | 1面2線 |
| 乗降人員 -統計年度- |
3人/日 -昭和56年(バス代行時)- |
| 開業年月日 | 1939年(昭和14年)11月18日 |
| 廃止年月日 | 1987年(昭和62年)3月23日 |
| 備考 | バス代行の後路線廃止に伴い廃駅 |

十勝三股駅(とかちみつまたえき)は、かつて北海道河東郡上士幌町字三股にあった、日本国有鉄道(国鉄)士幌線の駅(廃駅)である。事務管理コードは▲111414[1]。
駅名の由来
士幌線の終着駅であり、現役当時は北海道内の停車場として、当時最高地点(海抜約661.8m[2])に位置した。
- 1939年(昭和14年)11月18日:士幌線の延伸により同線の終着駅として開業。一般駅[3]。
- 1944年(昭和19年):音更本流森林軌道開設[4]。
- 1945年(昭和20年):営林局貯木場10.34ha設置。専用側線632m敷設[5]。
- 1950年(昭和25年):森林軌道に機関車が導入され森林鉄道となる[4]。
- 1955年(昭和30年)12月20日:電燈駅化[6][7]。同年度の道内5(うち釧路管内3)の無電燈駅の電燈化によって、国鉄線から無電燈駅が消滅した[8]。
- 1958年(昭和33年):音更本流森林鉄道廃止[4]。最長時(1951年)8.8キロ[9]
- 1974年(昭和49年)10月1日:車扱貨物以外の貨物取扱いを廃止[3]。
- 1978年(昭和53年)
- 1984年(昭和59年)2月1日:荷物取扱い廃止[3]。駅員無配置駅となる[10]。
- 1987年(昭和62年)3月23日:廃止[3]。
地名より。すでに上毛電気鉄道に同音の三俣駅があったため旧国名「十勝」を冠した[2][11]。
この「三股」とは、当地で石狩岳・ニペソツ山方面から流れる音更川に、三国山方面から流れる中ノ川、クマネシリ山群(足寄町境)から流れる十四の沢川が合流する様子から命名されたものである[2][11]。
駅構造
列車代行バス
駅周辺の人口流出が進んだため、1978年12月25日、ダイヤ改正により士幌線糠平駅 - 十勝三股駅間は列車の運転を休止し、上士幌タクシーが受託するマイクロバスによる代行輸送となった。これは路線廃止ではなく、あくまでも「代行」という扱いであり、1987年の廃止まで名目上、同区間は鉄道路線として、また当駅も駅として存続していた。そのため、隣の幌加駅とともに国鉄の時刻表にも引き続き掲載されていたが、廃止されるまでの間、両駅とも再び列車が発着することはなく、事実上は廃駅となっていた。
バス代行輸送となった後、駅舎や国鉄職員宿舎は板を打ち付けて閉鎖され、レールも錆びて雑草が茂り、腕木式信号機には使用中止の✕印が取り付けてあった。駅長、助役、保線係員も全員が引きあげて無人となった[12]。
鉄道の廃止後も糠平 - 十勝三股間は引き続き上士幌タクシーが代替バスとなったが、沿線の極端な過疎化によって減便が続き最終的には1往復となり、2003年9月いっぱいで廃止された。同年10月からは帯広 - 糠平 - 旭川間の都市間バスであるノースライナーみくに号が十勝三股停留所を新設し、幌加温泉入口・糠平方面との乗降も可能として代替している。