千歳橋 (大阪市)
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大正区内の環状道路を形成して交通を円滑化し、大正通の交通混雑を緩和する目的で架橋された。主橋梁部の両側には高さを稼ぐためのアプローチ橋が連続し、鶴町側で大正通、北恩加島側で大浪通にそれぞれ接続する。
主橋梁部はトラス橋とアーチ橋が融合した2径間連続非対称ブレースドリブアーチ橋であり、鮮やかな青色に塗られている。
- 発注者:大阪市建設局
- 竣工年月:2003年4月
- 形式:ブレースドリブアーチ橋(2径間連続非対称)
- 橋長:944.2m(主橋梁部:365m、南取付部:245m、北取付部:334.2m)
- 最大支間長:260m
- 支間割:105m + 260m
- 幅員:10m(主橋梁部:車道3.5m×2車線、歩道3m)、7m(取付部:車道3.5m×2車線)
- 桁下高:28m
旧千歳橋

旧千歳橋は大阪市西区(のち港区→大正区)の鶴町と新千歳町を結ぶ、千歳運河に架かっていた橋で、1922年5月に完成し、大阪市電鶴町線が延伸開業した。橋長59m、幅員14.5m(8間)で、当初は木橋だったが、1940年に鉄橋に架け替えられた。
大正区や港区は戦前から地下水の過剰な汲み上げによる地盤沈下が深刻で、戦後復興期に千歳運河、尻無川左岸下流部、安治川左岸下流部を拡幅して大正内港と安治川内港(弁天埠頭)を造成し、その土砂で大正区と港区を約2m嵩上げする大阪港修築10ヶ年工事が行われることとなり、旧千歳橋は1957年に撤去された。新千歳町は大半が海中に沈むこととなり、残余は1976年に北恩加島と北村の各一部となった。
千歳橋撤去の代替として、1954年に千歳渡船場が開設され、1957年から大阪市直営となり、歩行者や自転車の移動に供されている。現行の千歳橋は海面からの高さが28mあり、歩行者や自転車の日常利用に堪えないため、渡船は千歳橋復活後も存続されている。