南コルドファン州
スーダンの州
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地理
歴史
南コルドファン州はスーダン共和国の一部であるが、ヌバ山地などの地域に南スーダンの部族集団が多く居住し、住民の中には第二次スーダン内戦の際に反政府勢力に参加した者もいた[4][5]。1994年にコルドファン地方は北コルドファン州、南コルドファン州、西コルドファン州に分割され、州が成立した[4]。2005年に西コルドファン州は廃止され、北コルドファン州と南コルドファン州に分割・合併される[4]。
2009年と2010年に南コルドファン州で起きた対立する部族間の一連の衝突によって多数の犠牲者が出、数千人が強制的に退去させられた。
2005年に締結された包括和平合意の下で南コルドファンの住民は2011年に州の憲法的な将来を決定する住民投票の実施が約束された。しかし、南コルドファン州知事のアフマド・ ハルーンによって住民投票は中止される[6]。ハルーンは国際刑事裁判所に市民に対する戦争犯罪、人道に対する罪によって起訴されている。
2011年7月9日に南スーダンの独立が予定されていた矢先、6月6日に南北スーダンの間で武力衝突が発生した。武力衝突の後、両勢力はアビエイからの撤退に合意した[7][8]。6月20日に両勢力はアビエイの非武装地帯化に同意し[9]、エチオピア軍を中心とする国連アビエ暫定治安部隊が駐屯した[10]。
2013年7月13日に西コルドファン州が再度設置され、面積が縮小した[11]。