吉田嵩

From Wikipedia, the free encyclopedia

国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1996-07-08) 1996年7月8日(29歳)
身長
体重
185 cm
79 kg
吉田 嵩
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 長崎県島原市
生年月日 (1996-07-08) 1996年7月8日(29歳)
身長
体重
185 cm
79 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り NPB / 2015年 育成選手ドラフト2位
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

吉田 嵩(よしだ しゅう、1996年7月8日 - )は、長崎県島原市出身の元プロ野球選手投手)。右投右打。NPBでは育成選手であった。

高校時代まで

長崎県島原市に5人兄弟の一番下として生まれる[1]。他の兄弟も野球経験者で、1人上の兄である吉田圭志は愛媛マンダリンパイレーツに所属歴がある[1]ソフトボールチームにいた小学6年生時に、島原で開催された四国・九州アイランドリーグ(現・四国アイランドリーグplus)の長崎セインツによる主催試合を観戦したことがあった[1]

海星高等学校では2年生の秋からエースピッチャーになるものの、3年生春の県大会後に故障[2]。復帰後は主にリリーフとなり、夏の甲子園に出場。初戦の二松学舎大附属戦では最速145km/hの球速を記録した[2]。1学年下に髙山凌がいる[3]

2014年のプロ野球ドラフト会議では指名がなかった。ドラフト前から、NPBに進むために独立リーグ入りする可能性を明言しており[4]、四国アイランドリーグplusのトライアウトリーグに参加して合格し、徳島インディゴソックスから指名を受けた[2][5]

徳島時代

当初は新たな環境に慣れるのに時間がかかったが[1][2]、5月22日の香川オリーブガイナーズ戦で初勝利[6]。6月に実施されたリーグの北米遠征選抜チームにも選出された[7]。後期には3試合連続完投勝利も記録し[8]、最終的に18試合に登板して5勝4敗、防御率2.16の成績を残した[9]。10月22日のプロ野球ドラフト会議で、中日ドラゴンズから育成選手枠2位で指名を受けた[10]

中日時代

2016年は開幕前の3月に広背筋を故障、ウエスタン・リーグの試合にも出場できなかった[11]フェニックスリーグで3試合登板したにとどまり、現状維持で契約を更改、「思っていた以上に練習量が多かった。その準備が足りなかった」とコメントした[11]

2018年10月1日、球団から来季の契約を結ばないことを通告された[12]。10月31日、自由契約公示[13]。11月13日の12球団合同トライアウトに参加し、2四球1奪三振だった[14]

社会人野球時代

中日退団後はJPアセット証券に入社した。同期の社員に元DeNA亀井塔生がいる。同社野球部2019年8月19日に日本野球連盟に新規加盟[15]。吉田も同部に所属し、主力投手としての活躍に期待がかけられていた[16]2021年2月1日に亀井らとともに退団が発表され[17]、同日、自身のTwitterにて現役引退を表明した[18]

現役引退後

営業職を経て、2022年5月より愛知県名古屋市中区バー「BAR White」の代表を務める[19]

詳細情報

年度別投手成績

  • 一軍公式戦出場なし

独立リーグでの投手成績












































2015 徳島 2.161854041296.038173660222242330
通算:1年 2.161854041296.038173660222242330
  • 各年度の太字はリーグ最高

背番号

  • 11(2015年)
  • 205(2016年 - 2018年)

脚注

関連項目

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI