吉田嵩
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高校時代まで
長崎県島原市に5人兄弟の一番下として生まれる[1]。他の兄弟も野球経験者で、1人上の兄である吉田圭志は愛媛マンダリンパイレーツに所属歴がある[1]。ソフトボールチームにいた小学6年生時に、島原で開催された四国・九州アイランドリーグ(現・四国アイランドリーグplus)の長崎セインツによる主催試合を観戦したことがあった[1]。
海星高等学校では2年生の秋からエースピッチャーになるものの、3年生春の県大会後に故障[2]。復帰後は主にリリーフとなり、夏の甲子園に出場。初戦の二松学舎大附属戦では最速145km/hの球速を記録した[2]。1学年下に髙山凌がいる[3]。
2014年のプロ野球ドラフト会議では指名がなかった。ドラフト前から、NPBに進むために独立リーグ入りする可能性を明言しており[4]、四国アイランドリーグplusのトライアウトリーグに参加して合格し、徳島インディゴソックスから指名を受けた[2][5]。
徳島時代
当初は新たな環境に慣れるのに時間がかかったが[1][2]、5月22日の香川オリーブガイナーズ戦で初勝利[6]。6月に実施されたリーグの北米遠征選抜チームにも選出された[7]。後期には3試合連続完投勝利も記録し[8]、最終的に18試合に登板して5勝4敗、防御率2.16の成績を残した[9]。10月22日のプロ野球ドラフト会議で、中日ドラゴンズから育成選手枠2位で指名を受けた[10]。
中日時代
2016年は開幕前の3月に広背筋を故障、ウエスタン・リーグの試合にも出場できなかった[11]。フェニックスリーグで3試合登板したにとどまり、現状維持で契約を更改、「思っていた以上に練習量が多かった。その準備が足りなかった」とコメントした[11]。
2018年10月1日、球団から来季の契約を結ばないことを通告された[12]。10月31日、自由契約公示[13]。11月13日の12球団合同トライアウトに参加し、2四球1奪三振だった[14]。
社会人野球時代
中日退団後はJPアセット証券に入社した。同期の社員に元DeNAの亀井塔生がいる。同社野球部は2019年8月19日に日本野球連盟に新規加盟[15]。吉田も同部に所属し、主力投手としての活躍に期待がかけられていた[16]。2021年2月1日に亀井らとともに退団が発表され[17]、同日、自身のTwitterにて現役引退を表明した[18]。