佐藤優 (野球)
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プロ入り後
小学校から軟式野球を始めた。
宮城県大崎市古川(旧・古川市)にある古川学園高等学校では1年からベンチ入り。2年時には最高球速138km/hを記録すると、3年生時には140km/h後半まで球速を伸ばした。最高成績は東北大会ベスト8で、甲子園出場はなかった。東日本国際大学のセレクションに参加した際には、最高球速151km/hを記録した。1学年先輩に、お笑いコンビ「エバース」の佐々木隆史がいる。
東北福祉大学に進学し、1年生からエースナンバー18を着用した。1年春からリーグ戦に出場し、4年次の仙台六大学野球の東北工業大学戦では13奪三振を記録した[1]。通算成績は、11勝2敗、防御率1.29。
2015年10月22日に行われたドラフト会議では、中日ドラゴンズから2位指名を受け、12月1日に契約金7000万円、年俸1000万円で契約した[2]。背番号は14。
2016年は、5月10日の対横浜DeNAベイスターズ戦(横浜スタジアム)にてプロ初登板・初先発を果たし、5回1失点の好投でプロ初勝利を挙げた。中日の新人投手がプロ初登板で勝利を挙げたのは、川上憲伸以来18年ぶりである[3]。後半戦は中継ぎに定着した。最終成績は、14試合の登板で、1勝0敗、防御率3.67だった。
2017年は、2勝0敗2ホールド、防御率5.40だった。オフには背番号を25に変更した。
2018年は、4月の初登板で3失点と炎上し登録抹消されたが、6月に再昇格し、11試合連続無失点を記録した。シーズン終盤にはクローザーに配置転換され、8月24日にプロ入り初セーブを記録した[4]。最終的に42試合に登板し、1勝2敗5セーブ10ホールド、防御率は2.08と、崩壊状態であったブルペン陣を支え、最終盤までクライマックスシリーズ争いを繰り広げたチームを支えた。また、シーズンオフには東京ヤクルトスワローズの石山泰稚が右膝炎症により出場を辞退したため、2018日米野球の野球日本代表に追加招集された。プロアマ通じて初の代表招集だった。
2019年は、開幕一軍を勝ち取るも自己最少の7試合の登板に留まった[5]。二軍では24試合に登板し39回を投げ、2勝1敗1セーブ、防御率3.00というまずまずの成績だった[6]。オフの10月21日に神奈川県横浜市内の病院で右肘関節形成術の手術を受けた[7]。
2020年は、春季キャンプでリハビリに励み[8]、3月11日のオリックス・バファローズとの練習試合で実戦復帰したが[9]開幕一軍は逃した。7月9日に初めて一軍昇格する[10]も13試合で防御率5.74と結果を残せず二軍に降格[11]。10月に再び一軍昇格したが、同月30日の広島東洋カープ戦で1イニング7失点と炎上しシーズンを終えた[12]。最終的には14試合の登板で防御率9.18と成績を残せなかった。年俸は270万円減の1430万円(推定)で契約更改した[13]。みやざきフェニックス・リーグでは3試合の先発を経験した[13]。
2021年は、キャンプ中に脹脛を痛め、リハビリに専念した[14] ことから開幕一軍を逃した[15]。7月11日に一軍登録され[16]、2試合を無失点に抑えたが二軍に降格[17]。二軍では防御率1点台と力を見せたが、一軍では僅か4試合の登板で防御率13.50だった[18]。年俸は減額制限に迫る24%減の1080万円(推定)で契約更改した[18]。
2022年は、5月6日に出場選手登録され、シーズン初登板だった12日のヤクルト戦(神宮)から17日のDeNA戦(バンテリンドーム)までの登板した3試合は対戦した打者に安打を許したものの無失点に抑えた。しかし、20日の広島戦(マツダ)では小園海斗に本塁打を浴びるなど1回を投げて5失点の投球内容で降板し、翌21日に出場選手登録を抹消され、以降は再昇格がなかった。同シーズンは二軍で49試合に登板し、2勝2敗、防御率3.97と好投だったものの、一軍登板は前年と同様の4試合で防御率も2年連続で二桁となる11.25という結果に終わり、10月4日に戦力外通告を受けた[19]。その後は現役続行を希望し、11月8日に行われた12球団合同トライアウトに参加。3人の打者と対戦し、無安打、無四球に抑えた[20]。
現役引退後
選手としての特徴
詳細情報
年度別投手成績
| 年 度 | 球 団 | 登 板 | 先 発 | 完 投 | 完 封 | 無 四 球 | 勝 利 | 敗 戦 | セ 丨 ブ | ホ 丨 ル ド | 勝 率 | 打 者 | 投 球 回 | 被 安 打 | 被 本 塁 打 | 与 四 球 | 敬 遠 | 与 死 球 | 奪 三 振 | 暴 投 | ボ 丨 ク | 失 点 | 自 責 点 | 防 御 率 | W H I P |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2016 | 中日 | 14 | 4 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 1 | 1.000 | 123 | 27.0 | 21 | 1 | 21 | 0 | 1 | 18 | 2 | 1 | 12 | 11 | 3.67 | 1.56 |
| 2017 | 13 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | 0 | 2 | 1.000 | 62 | 13.1 | 18 | 0 | 5 | 0 | 1 | 8 | 0 | 0 | 8 | 8 | 5.40 | 1.73 | |
| 2018 | 42 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 2 | 5 | 10 | .333 | 184 | 43.1 | 27 | 2 | 23 | 0 | 3 | 51 | 2 | 0 | 15 | 10 | 2.08 | 1.15 | |
| 2019 | 7 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1.000 | 45 | 9.2 | 9 | 0 | 7 | 0 | 0 | 6 | 2 | 0 | 7 | 7 | 6.52 | 1.66 | |
| 2020 | 14 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 4 | ---- | 77 | 16.2 | 18 | 2 | 6 | 0 | 2 | 12 | 1 | 0 | 18 | 17 | 9.18 | 1.44 | |
| 2021 | 4 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | ---- | 32 | 5.1 | 13 | 1 | 2 | 0 | 0 | 4 | 1 | 0 | 11 | 8 | 13.50 | 2.81 | |
| 2022 | 4 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | ---- | 21 | 4.0 | 7 | 1 | 2 | 0 | 0 | 3 | 0 | 0 | 5 | 5 | 11.25 | 2.25 | |
| 通算:7年 | 98 | 5 | 0 | 0 | 0 | 5 | 2 | 5 | 17 | .714 | 544 | 119.1 | 113 | 7 | 66 | 0 | 7 | 102 | 8 | 1 | 76 | 66 | 4.98 | 1.50 | |
年度別守備成績
| 年 度 | 球 団 | 投手 | |||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 試 合 | 刺 殺 | 補 殺 | 失 策 | 併 殺 | 守 備 率 | ||
| 2016 | 中日 | 14 | 1 | 8 | 0 | 1 | 1.000 |
| 2017 | 13 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1.000 | |
| 2018 | 42 | 2 | 2 | 0 | 0 | 1.000 | |
| 2019 | 7 | 0 | 2 | 0 | 0 | 1.000 | |
| 2020 | 14 | 0 | 4 | 0 | 1 | 1.000 | |
| 2021 | 4 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1.000 | |
| 2022 | 4 | 0 | 2 | 0 | 0 | 1.000 | |
| 通算 | 98 | 5 | 18 | 0 | 2 | 1.000 | |
記録
- 初記録
- 投手記録
- 初登板・初先発・初勝利・初先発勝利:2016年5月10日、対横浜DeNAベイスターズ7回戦(横浜スタジアム)、5回1失点
- 初奪三振:同上、4回裏に梶谷隆幸から空振り三振
- 初ホールド:2018年7月4日、対阪神タイガース13回戦(阪神甲子園球場)、6回裏に2番手で救援登板、1回2/3 無失点
- 初セーブ:2018年8月24日、対広島東洋カープ19回戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)、9回裏に4番手で救援登板・完了、1回無失点
- 打撃記録
- 初打席:2016年5月10日、対横浜DeNAベイスターズ7回戦(横浜スタジアム)、3回表にギジェルモ・モスコーソから空振り三振
背番号
- 14(2016年 - 2017年)
- 25(2018年 - 2022年)