同志社小学校
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| 同志社小学校 | |
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北緯35度4分5.7秒 東経135度47分10.2秒 / 北緯35.068250度 東経135.786167度座標: 北緯35度4分5.7秒 東経135度47分10.2秒 / 北緯35.068250度 東経135.786167度 | |
| 国公私立の別 | 私立学校 |
| 設置者 | 学校法人同志社 |
| 設立年月日 | 2006年 |
| 共学・別学 | 男女共学 |
| 学期 | 3学期制 |
| 学校コード | B126310000099 |
| 所在地 |
〒606-0001 京都府京都市左京区岩倉大鷺町89-1 |
| 外部リンク | 公式サイト |
同志社小学校(どうししゃしょうがっこう)は、京都府京都市左京区岩倉大鷺町にある私立の小学校。国際会館駅から門を通り抜けて、高校、中学の敷地内を通って、約10分弱で小学校に辿り着く。
2006年4月、同志社大学に付属する唯一の学校として開校した。他の同志社諸学校も学校法人同志社によって設置されているが、互いに独立した学校運営がなされている。小学校の開校により、同志社は、幼稚園から小・中・高・大・大学院までの一貫教育が可能となった。
同志社の創設者である新島襄は「基督主義ノ学校ハ幼稚園ヨリ大学ニ至ル来迄実ニ必要ノモノト信スレドモ、当時我輩ノ力微々タリ、尽ク之着手シ得サルベシ」と述べていたが、幼稚園から大学院まで揃っていたものの小学校のみが未設置だった。1997年に小学校の設置構想が出されてから、検討・設置の決定にいたるまで7年を要した。
小学校校歌は谷川俊太郎作詞、大中恩作曲である。大中恩は歌曲「椰子の実」の作曲者である同志社大学経済学部OBの大中寅二の長男で、谷川俊太郎の母(多喜子;哲学者谷川徹三の妻)は同志社女学校の卒業生である。
なお、同校のランリュックは一澤信三郎帆布(しんざぶ)のオリジナルによるもの。
床が水族館のようにくりぬいてある形でガラス張りになっている所が8箇所あり、遺跡が見えるようになっている。また生き物も多く飼育しており生き物の育て方や大切さを学べる。美化活動の一環として岩倉川の清掃も月に一回しており、環境のことについても考えられる機会を得られる。特に理科に力をいれており、教科書の作成に関わった教師も在籍している。同志社小学校は、理科の自由研究(3年から6年のみ)で様々な部門で賞を取る人が多く、全国の研究発表会や、左京区ふれあいフェスティバルなどに発表したりなど学校外での活動も積極的に行っている。部活はミニオーケストラや陸上、英語、ラクロス、ミュージカル、聖歌隊(2学期のみ)があり、これらの部活動様子は同志社小学校HPに掲載されている。
系列校
学校法人同志社が設置する諸学校は、大学を頂点とした大学附属学校の形態を取らず、独立の学校群として位置づけられている。なお、同志社小学校、同志社国際学院初等部・国際部に限り、同志社大学の付属校である。
- 大学
- 中高一貫校
- 小学校
- 幼稚園
