1934年5月、早稲田大学ア式蹴球部に所属していた時、フィリピン・マニラで行われる第10回極東選手権競技大会のサッカー日本代表に選出された。
大会の5月13日の初戦オランダ領東インド代表戦、15日の2戦目フィリピン代表戦では出場機会が無かった。
しかし、1勝1敗で迎えた大会最終戦となる20日の3戦目、中華民国代表戦で先発出場で日本代表デビュー。この試合で、名取は74分に3-3となる同点ゴールを決めた。日本代表選手においてデビュー戦でゴールを決めたのは名取が7人目であった。試合はその後失点し3-4で敗れ、日本代表は最下位の4位で大会を終えた[1]。
名取の日本代表での出場は結果的にこの1試合のみとなった。