呉服座
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建築
演劇公演
歴史
演劇場「呉服座」(大阪府池田市)
1874年(明治7年)もしくは1875年(明治8年)に、現在の大阪府池田市栄本町の辺りに、戎座(えびすざ)という芝居小屋が建造されたとされている[8][6]。
1892年(明治25年)、戎座が、西之口(現在の西本町)に架かる呉服橋(旧称:巡礼橋)の南側、猪名川の堤防沿いに移築されたとされ、巡礼橋の名称が呉服橋に変更されたことに伴って、戎座が呉服座と呼ばれるようになったと考えられている[9][5][8][10]。
1929年(昭和4年)には中田安馬が建物を譲り受けて座主となった[11]。1930年(昭和5年)には管理人住宅や楽屋などが入る建物が増築され、1931年(昭和6年)には映画上映のために楽士席や映写室などが加えられた[11]。
太平洋戦争末期の1945年(昭和20年)6月から1946年(昭和21年)5月には大阪・四貫島の奥山鉄工所の倉庫として使用された[11]。1946年(昭和21年)6月には再び芝居小屋としての営業を再開し[11]、戦後の10年間が呉服座の最盛期とされる。
1969年(昭和44年)5月21日から5月末にかけて行われた歌舞伎の興行を最後に閉館した[11]。閉館の理由は観客の減少による経営不振である[11]。
1989年(平成元年)、池田市の呉服座跡地に黒御影石で造られた記念碑が建てられた[1]。記念碑の大きさは、高さ 50 センチメートル、幅 80 センチメートルである[1]。
2010年(平成22年)11月1日、池田市の映画館である池田中央シネマ1・2の跡地に、呉服座の建築様式を部分的に再現した大衆演劇場「池田呉服座」(いけだごふくざ)が開館した[12][13]。
- 猪名川沿いの呉服座跡地(池田市)
- 大衆演劇場の池田呉服座(池田市)
建築物「呉服座」(博物館明治村)
1969年(昭和44年)の閉館の際、建物は所有者から愛知県犬山市大字内山1番地にある博物館明治村に寄贈された[11]。
1969年(昭和44年)7月18日から呉服座の解体が行われ、同年8月31日には博物館明治村への搬入が完了した[11]。1970年(昭和45年)10月5日には移築工事に着工し、1971年(昭和46年)3月10日に移築工事が竣工した[11][1][14][2]。総工費は7048万8000円である[11]。同年3月18日に一般公開が開始された[11]。
移築後の建物は、建築面積が 380.35 平方メートル、延床面積が 571.24 平方メートルである[15]。江戸時代の劇場建築として希少価値が高いことから、1984年(昭和59年)12月28日、国の重要文化財に指定された[11][5][16][1][2]。


