呉林俊
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人物
- 朝鮮植民地支配終了後も継続する日本の植民地主義、在日朝鮮人排除を鋭く告発した。小説家の小林勝(1927年 - 1971年)と盟友関係にあり[2]、小林の告別式の弔辞で「朝鮮人が、日本にいる朝鮮人がその戦前と戦後をわけて考えることができないように、あなたにとっての〈朝鮮〉もまた、決して断絶した世界として成立することは不可能でありました。」と述べた[5]。また小林の追悼論文で尾崎秀樹ら「外地引揚派」が小林を黙殺したことに「日本文壇」の欠陥を見た[6]。
- 思想の科学研究会編『共同研究 日本占領』(徳間書店、1972年)に「日本占領と朝鮮人」を執筆した。評論家の野崎六助は共同研究のテーマの一国性という限界を指摘しつつ、その「最大の功績は、呉林俊のこの一篇に発表の場を提供したところにあるのかもしれない」と述べている[7]。研究会を主導した佃実夫は続編にあたる『共同研究 日本占領軍 その光と影(下)』(現代史出版会、1978年)のあとがきで既に故人となっていた呉について触れている[4]。
- 在日本朝鮮文学芸術家同盟神奈川支部(神奈川文芸同)の委員長を務め、日朝友好展に関わった[8]。
著書
- 『海と顔――呉林俊詩集』(新興書房[新興双書]、1968年)
- 『記録なき囚人』(三一書房[さんいちぶっくす]、1969年)
- 『朝鮮人のなかの日本』(三省堂[三省堂新書]、1971年)
- 『日本語と朝鮮人』(新興書房、1971年)
- 『朝鮮人としての日本人』(合同出版、1971年)
- 『在日朝鮮人』(潮出版社[潮新書]、1971年)
- 『朝鮮人の光と影』(合同出版、1972年)
- 『見えない朝鮮人』(合同出版、1972年)
- 『朝鮮人のなかの《天皇》』(辺境社、発売:勁草書房、1972年)
- 『絶えざる架橋――在日朝鮮人の眼』(風媒社、1973年)
- 『海峡――呉林俊長篇叙事詩篇集成』(風媒社、1973年)
- 『伝説の群像――朝鮮人と日本語』(同成社、1974年)
訳書
- 『アリランの歌ごえ――現代南朝鮮詩選』(訳編、新興書房[新興双書]、1966年)
- 『アメリカ第八軍の車輪』(鄭孔釆著、新興書房[新興双書]、1967年)