和田川 (富士市)
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生贄川・牲川
和田川の別名に「牲川(生贄川)」[注釈 1]がある。天明3年(1783年)成立『駿河国志』には以下のようにある。
牲川、吉原依田橋川の下流にて海渚に近し(中略)うるい川、吉原川、須津川、三の流落合て湊となり川船も往来す — 『駿河国志』天香久山塁の項
このように、吉原川(和田川の旧名)の下流は牲川と呼ばれていた[4][5][6]。
また文政3年(1820年)成立『駿河記』の和田川の項には「この川に合し、砂山の辺にて牲川と呼ぶ」とあり、他の地誌と同様に和田川の下流地点の別名が牲川であったとする[7]。
天保14年(1843年)成立『駿国雑志』は牲川の辺りの砂山の西に天の香久山砦跡があったとし[8]、また「牲淵は吉原砂山の西の方也」とあるように、天の香久山砦跡が所在する砂山の西は「牲淵」と呼称されていた[9]。この牲淵は「三股淵」のことであり、和田川は三股淵を構成する河川の1つであった。
このように、地誌等に多く記述が確認される[10]。