咲花温泉
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阿賀野川ライン舟下りの観光船と温泉街 | |
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中部地方における位置 | |
| 温泉情報 | |
| 所在地 | 新潟県五泉市 |
| 座標 | 北緯37度44分11秒 東経139度17分35秒 / 北緯37.73642度 東経139.29303度座標: 北緯37度44分11秒 東経139度17分35秒 / 北緯37.73642度 東経139.29303度 |
| 交通 | JR磐越西線 咲花駅下車すぐ |
| 泉質 | 含硫黄-ナトリウム・カルシウム-塩化物・硫酸塩温泉[1] |
| 泉温(摂氏) | 54 °C |
| 湧出量 | 動力450L/分[1] |
| 宿泊施設数 | 7[1] |
| 総収容人員数 | 517[1] 人/日 |
| 年間浴客数 | 35,577人(のべ宿泊者数、2022年度)[1] |
| 外部リンク | 咲花温泉旅館協同組合 |
温泉街
歴史
古く(安政年間とも言われる)からこの地域の阿賀野川岸に湯や湯の華が湧き出ており、集落で利用されていた[5][6]。1954年(昭和29年)、五泉町育ちの地質学者、本間孝義が温泉井戸の掘削を行い、深さ19 mにて57℃の湯が湧出[6]。翌1955年(昭和30年)3月に最初の旅館が開業となった[6]。これが咲花温泉の温泉街のはじまりであり、「先鼻」の地名を「咲花」に改名し、旅館は「咲花館」とされた[6]。同8月には「湯元館」、同11月には「佐取館」、翌1956年(昭和31年)には「阿賀ホテル」、1958年(昭和33年)には「一水荘」、1960年(昭和35年)には「柳水園」が開業し、1971年(昭和46年)5月時点では旅館10館、客室数91、収容人数366名の温泉地となった[6]。
1959年(昭和34年)には旅館協同組合が、1962年(昭和37年)には観光協会ができた[6]。
1980年代には阿賀野川ライン舟下りの湊ができ[7]、1999年(平成11年)にはSLばんえつ物語が運行開始する[7]など阿賀野川沿川の観光拠点となっていった。
2011年9月には阿賀野川沿いに高床式ウッドデッキ「咲花きなせ堤河床」が完成した[8]。
災害復旧事業
1967年(昭和42年)の8.28水害(羽越豪雨)では土石流により甚大な被害が出た[6]。
平成23年7月新潟・福島豪雨では床上・床下浸水の被害を受けたことを受け、災害復旧事業が行われることとなった[9]。この際、堤防嵩上げによる眺望悪化やコンクリート壁に囲まれた温泉街のあり方が問題視されたため、河川空間利活用を含めたまちづくりの取り組みとして2012年(平成24年)に「咲花温泉かわまちづくり構想」が策定[9]。2016年(平成28年)1月には河川空間のオープン化を図る「都市・地域再生等利用区域」に指定され、同年4月に一連の復旧事業が完了した[10]。

