唾吐き
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- 中国
- 中国では、639年の墓碑から唾壺(だこ)が出土しており、唐代には唾を吐く習慣があったと考えられる[2]。中国での医学的な考えでは痰がでたらすぐに出すべきものと考えられていた。しかし、2003年の重症急性呼吸器症候群(SARS)の流行時に中国政府は公道に痰を吐くのは良くないと広報活動を行い、北京オリンピック前の2007年にはティッシュを配布し、そして唾を吐いた89人に20-50元の罰金を科した[3]。その後も中国各地で取り締まりが行われている[4]。香港では、1,500香港ドルの定額罰金が科せられる[5]。
- 日本
- 日本では、平安時代の都城・地方官衛・寺院から唾壺が集中して出土するが、それ以降の時代からは出土しない[2]。
- 結核が流行した大正8年(1919年)に結核予防法が制定された。結核予防法の第2条に乗り物や各所に痰壺を設置することされたことから、痰壺条例と呼ばれた[6]。この条文は、昭和26(1951)年の改正で廃止され、各所の痰壺は消失することとなった[7]。
- 痰壺条例が無くなったのと同時期の昭和23年(1948年)5月1日施法の軽犯罪法第1条26号には「二十六 街路又は公園その他公衆の集合する場所で、たんつばを吐き、又は大小便をし、若しくはこれをさせた者」とされ、法律によっても禁止されている[8]。
- ヨーロッパ
- フランス王フランソワ1世の宮廷医師が紳士達に唾を吐きいれる箱を提案した[9]。地面に唾を吐き捨てるのが一般的であったが、19世紀の結核の流行から消毒液を入れた壺に吐き出すようになった[10]。ついでに噛みタバコのユーザーも利用した。
- ドイツ
- 公道に唾を吐く行為はとくには問題とされてはいないが、人に向けて唾を吐きかけた場合は、刑法185条侮辱として懲役と罰金が科せられる。
- フランス
- 結核の流行から、1868年にJean-Antoine Villeminが兎に結核患者の唾を摂取して唾に感染要素があることを発見した。しかし、その原因の結核菌を細菌学者ロベルト・コッホが発見するのは1882年のことである。1901年に唾吐きに反対する組織 Ligue des anticracheurs が設立され、啓蒙活動を行うようになった。保険省も「地面に唾を吐くのは他人の命を奪う」というポスターを張り出すなどの啓蒙活動を行った。1936年には、学校の教科書にも地面に唾を吐くことは隣人の命を奪うことであると教育した[11]。こういった活動と共に、携帯型の唾を吐き出す瓶や公共の壺が整備されていった。
- ニュルンベルク交通博物館の唾吐き注意案内
- ニューオリンズの唾吐き禁止案内
- 香港の唾吐き禁止看板
- シルクロードでの唾吐き禁止看板
- インドの唾吐き禁止看板
プロスポーツにおける処罰
- ゴルフ
- 2011年、アラブ首長国連邦で開催されたツアー、ドバイ・デザート・クラシックでは、ラウンド中に何度も唾を吐いたとしてタイガー・ウッズに罰金が科された。なお、ウッズ以前にも罰金を科された選手が複数人存在する[12]。
文化
- ことわざ、慣用句
- 天に向かって唾を吐く
- 吐いた唾は呑めぬ
- (ロシア語)井戸につばを吐くな。いつかは飲む時が来る。 Не плюй в колодец. Пригодится воды
- スピットファイア(spitfire) - 癇癪屋を意味する[16]。
- 風習
- ギリシャの地域によっては、唾を吐くことが厄払いとされる。悪い噂などを口にした際に唾を吐き、また褒められた場合は褒めた人が褒めた対象に3回唾を吐くという風習がある[17]。
- アイルランドでも、赤ん坊を褒めた場合は、赤ん坊に唾を吐くか誉め言葉を撤回することとされている[18]。
- 中華人民共和国の岳王廟(南宋の武将・岳飛を祀る廟)には、岳飛を陥れて失脚させた秦檜とその妻の王氏が縄で縛られて正座させられている銅像があり、秦檜に対する悪評から、観光客が銅像に向けて唾を吐く風習がかつてあった。現在はこのような行為は禁止されている[19][20]。
