四ツ谷八景

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四ツ谷八景(よつやはっけい)は、京都府南丹市日吉町四ツ谷にある史跡名勝の総称である[1]

1869年明治2年)秋、四ツ谷東谷で暮らしていた歌人である精舎文明と幣家安信が、各々に四ツ谷の景を八首の短歌で詠んで岡安神社の旧拝殿に絵馬として献歌奉納した。奉納額の和歌は、大部分が消滅して判読が難しいが、八景の歌題ははっきりと読むことができる[2]

神社晴嵐じんじゃせいらん
岡安神社。1360年正平16年)創立。祭神天鈿女命応神天皇
寶林晩鐘ほうりんばんしょう
1752年宝歴2年)に作られた寶林寺(宝林寺)の梵鐘。山門に展示されており、南丹市指定文化財になっている。現在使われている梵鐘は2018年平成30年)に新造されたもの。
国師岩秋月こくしいわしゅうげつ
四ツ谷東谷の田原川が井上谷の森明辺りで蛇行する地点にある、広さ25m2ほどの国師岩と呼ばれる巨岩。 夢窓疎石は諸国行脚の途中、この岩上で坐禅したと伝えられている。
山家夜雨さんがやう
詠われている山家とは、四ツ谷東谷の殿谷(殿垣内)に跡がある三条屋敷のこと。ここは、時の天皇より咎めを受けて蟄居隠棲していた三条実古(三条実雅)の仮萬とされている。
樫堰夕照かしぜきゆうしょう
田原川では、上流の田貫や明日ヶ谷海老谷川の管流し(一本流し)木材を吉野辺の浜で筏に組み合わせ、長淵へと運んだ。田原川では川幅が狭く水量も少なかったため、をして貯水し抜いた水の勢いを利用して筏を流していた。筏流しの仕事始めは灌漑用井堰が撤去される9月15日の放生会に当たり、仕事仕舞いは井堰を設置する5月15日と決められていた。
渓川筏乗けいせんばつじょう
木材筏の乗員は2~3人で、鼻(1枚目)に1人、2枚目に1人、最後に1人が乗った。これに加え、堰を切る人、筏を組む人などの7人程度で1チームを組んだ。
海老坂帰鴈えびさかきがん
海老坂峠は、京都と若さを結ぶ若狭街道の要所で、南丹市美山町板橋と四ツ谷の間にある。四ツ谷側は、海老谷川に沿って道と集落がある。峠の途中、八百比丘尼ゆかりの玉岩地蔵堂や宝篋印塔がある。四ツ谷側の谷(海老谷)は、京都の自然200選になっている[3]
綾嶽初雪あやたけはつゆき
標高約600~700mの山稜に連なる四ツ谷東谷の積谷山は、四ツ谷で初冠雪が一番早く見られる場所である。

所在地・交通アクセス

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Maps: terms of use
750 m
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南丹市立五ケ荘小学校
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四ツ谷八景 略地図
1
岡安神社:神社晴嵐
2
宝林寺:寶林晩鐘
3
国師岩:国師岩秋月
4
三条実雅仮萬跡:山家夜雨
5
樫堰夕照
6
渓川筏乗
7
玉岩地蔵堂:海老坂帰鴈
8
積谷山三角点(標高588.1m):綾嶽初雪
9
南丹市立五ケ荘小学校

脚注

参考文献

関連項目

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