算術
数の概念や演算を扱う学問分野
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概要
日本語における語の用法
日本語では、近世から明治初期にかけて「算学」「算法」「算術」「数学」などの語が必ずしも厳密に区別されていたわけではなく、明治期に西洋数学の受容とともに訳語整理が進んだ。佐藤英二によれば、「算術」と「数学」は江戸時代には「算学」「算法」などとともに特に区別なく用いられていたが、明治に入るとそれぞれ arithmetic と mathematics の訳語として分化していった。[4]
また、「和算」という語は、西洋算術すなわち「洋算」に対する語として成立したものであり、明治5年(1872年)の文部省布達では小学校で洋法を用いた算術教育が採用された。こうした経緯のなかで、近代以後の「算術」は主として初等的計算や数の演算を指す語として定着していった。[5]
歴史
算術の起源は、計数や記録の必要から生じた古代文明の実用的計算にさかのぼる。古代エジプトの数学文書には分数表や算術問題が含まれており、古代バビロニアでは位取り的な六十進法にもとづく計算が発達した。その痕跡は現在の時・分・秒や角度の度数法にも残っている。[6][7]
インドでは十進位取り記数法と零を含む記数体系が発達し、のちにイスラーム世界を経て広く伝播した。ヒンドゥー・アラビア数字はインドに起源をもち、中東とヨーロッパで受容されて近代的な算法の基盤となった。[8][9]
9世紀のアル=フワーリズミーは算術と代数学に関する著作を残し、その算術書はヒンドゥー数字を西方に伝えるうえで重要な役割を果たした。彼の名は、のちに「algorithm(アルゴリズム)」の語源とも関連づけられる。[10]
中世ヨーロッパでは、13世紀初頭にフィボナッチが『算盤の書』(Liber Abaci)を著し、ヒンドゥー・アラビア数字と十進位取り記数法にもとづく算法を広く紹介した。さらに16世紀末、シモン・ステヴィンは decimal fractions の有用性を説き、十進小数の普及を後押しした。これにより、商業・測量・天文学など多様な分野で十進算法が広く用いられるようになった。[11][12][13]
古代ギリシア数学においても、整数の性質に関する研究は重要な位置を占めていた。ユークリッド『原論』第VII巻から第IX巻には、偶奇、素数、最大公約数、無限に多くの素数の存在など、のちの整数論につながる内容が含まれている。後代のギリシア系著作では、三角数や平方数などの図形数も算術的対象として扱われた。[14][15][16]
近代以降、算術は学校教育の中核的内容として制度化されるとともに、数学の抽象化の進展のなかで、その基礎づけが数理論理学・数学基礎論の重要な課題となった。19世紀末以降、自然数の理論はペアノの公理などによって公理化され、20世紀には形式理論としての算術が論理学において中心的役割を担うようになった。[17][18][19]
十進記数法と表記
四則演算
算術の中心には、加法、減法、乗法、除法の4つの基本演算がある。これらは四則または四則演算と総称される。[1]
加法と乗法は自然数の範囲で自由に行うことができるが、減法と除法には制約がある。たとえば自然数のあいだでは、より大きい数を引くことや、割り切れない除法を常に自然数の内部で処理することはできない。そのため算術では、必要に応じて数の範囲を整数、有理数、実数へと拡張して演算の意味を整える。[1][2]
四則演算には、交換法則、結合法則、分配法則などの基本法則がある。これらの法則は初等計算の規則として学ばれるだけでなく、のちの代数学における代数的構造の理解にもつながる。[2][22]
除法は一般に乗法の逆操作として、減法は加法の逆操作として理解される。ただし、0を除数とする除法は通常定義されない。[1]
分数・小数・比・割合
算術では、整数だけでなく、分割された量や比較を表すために分数や小数も扱う。分数は、分子を分母で割った商として表される数であり、単純分数・仮分数・帯分数などの形をとる。[23]
有理数は二つの整数の商として表される数であり、整数を含む。十進表示では、有限小数または循環小数として表される。したがって、分数と小数の相互変換は初等算術の重要な内容となる。[24][20]
比は二つの量の商を表す概念であり、しばしば a:b または a/b の形で書かれる。二つの比が等しいとき、それは比例の関係にあるという。割合や百分率は、比の考えを日常的・実用的な文脈へ展開したものであり、算術教育でも重要な位置を占める。[25][26][27]
整除と素因数分解
算術では、四則演算と並んで、整数の整除性も重要な内容である。ある整数が別の整数を余りなく割り切るとき、前者は後者の約数であるという。1とその数自身以外の正の約数をもたない整数は素数と呼ばれ、1でも合成数でもない正整数である。[28]
整除の理論では、最大公約数と最小公倍数が基本概念となる。ユークリッドの方法として知られるユークリッドの互除法は、二つ以上の整数の最大公約数を求める古典的な算法であり、『原論』にもその原型がみられる。分数を既約分数へ直す際にも、この算法は有効である。[28][14][29]
さらに、1より大きい任意の整数は素数の積として表され、その表し方は因子の順序を除いて一意である。これは算術の基本定理と呼ばれ、整数論の基礎をなす。[30][28]
算法と計算の実際
数学における位置づけ
算術はしばしば数学の最も初歩的な部分とみなされるが、単なる計算技術にとどまらず、数の概念そのものの理解を含む。数の表現、順序、合成と分解、倍数・約数、整除性などの概念は、算術から数論へと連続的につながっている。数論が高等算術と呼ばれるのはこのためである。[3][28]
また、より初等的な形では、合同算術は一定の法に関する剰余に着目する算術であり、時計の表示のような周期的現象の記述にも現れる。これは数論の基本的道具の一つである。[32]
一方で、近代数学では算術は公理的理論としても研究される。自然数の性質はペアノの公理のような少数の公理から定式化でき、この意味での算術は数学基礎論および数理論理学において重要な研究対象である。ペアノ算術や原始帰納的算術のような形式体系は、証明論や不完全性定理の文脈でも基本的役割を果たす。[17][18][19]
