四重渓温泉
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概要
1895年(明治28年)に発見され温泉地として開発された[4]。堆積岩が分布している地域であり、温泉が地下から湧き出ることから、古くは「出湯」と呼ばれていた。
温泉街には旅館ホテルや飲食店が立ち並び、和風旅館も現存する。周囲は山に囲まれ、東北部には石門と呼ばれる峡谷がある。牡丹社事件の石門古戦場としても有名。

「紅仁鴨蛋」と呼ばれるアヒルの卵が有名[5]。特に塩漬けにされた「鹹鴨蛋」は、温泉街の商店で買うことができる他、ホテルの食事でも提供される。
近隣には、台湾島最南端の鵝鑾鼻を擁し青く澄んだ珊瑚礁の海や熱帯の植生が楽しめる墾丁国家公園や、『海角七号 君想う、国境の南』の舞台となった古都恒春、1662年(康熙元年)建立の台湾最大の土地廟車城福安宮、国立海洋生物博物館、マンゴーやレンブの生産が盛んな枋山など多数の観光地がある。
四重渓温泉季と称し、四重渓温泉公園を中心としたライトアップや地元食材のマルシェ、サイクリング等のアドベンチャーツアー、バスツアー、文化体験などを組み合わせた催しを毎年11月から3月頃まで開催している[6]。

泉質
歴史
- 1895年(明治28年):恒春憲兵屯所の高橋憲兵曹長により発見される[2]。
- 1897年(明治30年):山口県人の松原次郎夫妻が原野を開拓し始めたコーヒー栽培の傍、温泉経営に着手する[3]。
- 年月不詳:台南の関善次郎氏が温泉を借りうけ浴場を建設する[3]。
- 1907年(明治40年):火災により浴場が消失する[3]。
- 1908年(明治41年):庁長の柳本道義が私費を投じて日本風の小亭を建て、公衆浴場として供用する[3]。
- 1911年(明治44年):駐在所建設のため浴場を移転する[3]。
- 1928年(昭和3年):公共浴場を設置する。高雄州が所有、恒春郡役所が監督して民間が委託営業する形態だった[2][8]。
- 1950年(民国39年):「温泉村」に改称する。
- 1954年(民国43年):蒋介石が避暑に訪れる[7]。
- 2015年(民国104年):屏東県政府が予算を投じ、四重渓温泉公園を整備する。
- 2017年(民国106年):四重渓温泉季を開始する。
