国立健康・栄養研究所

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国立健康・栄養研究所(こくりつけんこうえいようけんきゅうじょ、National Institute of Health and Nutrition)は、健康栄養に関する調査研究を行っている日本の研究機関である。略称は栄研、健栄研、栄養研。前身は1915年に佐伯矩(さいき ただす)によって設立された、私設の栄養学研究機関である営養研究所である(当時は栄養を「営養」と表記することが多かった)。1920年9月17日に官制公布され、世界初の国の栄養研究所となった。変遷を経て2001年より独立行政法人、2015年には医薬基盤研究所と統合し医薬基盤・健康・栄養研究所の傘下機関となった。内閣地方創生の一事業として2023年に東京から大阪に移転した。

国立健康・栄養研究所が入居する健都イノベーションパークNKビル(大阪府摂津市)(2022年12月撮影)。
地図

健康日本21(第2次)などの国の政策推進に資するため、国民健康・栄養調査のデータを活用した研究と情報発信、および食事摂取基準や身体活動ガイドラインなどの国のガイドライン策定、世界保健機関 (WHO) 協力センターとしての国際貢献、ウェブサイトの「健康食品」の安全性・有効性情報(略称HFNet)の公開等を行っている。

概要

  • 目的:国民の健康の保持及び増進に関する調査及び研究並びに国民の栄養その他国民の食生活に関する調査及び研究等を行うことにより、公衆衛生の向上及び増進を図ること(法第3条)。
  • 所在地:大阪府摂津市千里丘新町3-17(健都イノベーションパークNKビル内)
  • アクセス:JR京都線岸辺駅」から約600m、阪急京都線正雀駅」から約1100m
  • 法定業務(法律に基づく業務)[1]
    • 国民健康・栄養調査の実施(健康増進法第10条第2項)
    • 特別用途表示(乳児用、幼児用、妊産婦用、病者用その他内閣府令で定める特別の用途に適する旨の表示)の許可試験(健康増進法第43条第3項)
    • 食品の収去試験(健康増進法第61条第2項、食品表示法第8条第1項)

沿革

陸軍軍医学校衛生学教室(1929年)。戦後国立栄養研究所の研究棟となった
陸軍軍医学校標本館(1929年)。戦後国立栄養研究所の管理棟となった。
国立健康・栄養研究所がかつて入居していた厚生労働省戸山研究庁舎(東京都新宿区)(2007年3月撮影)。
  • 1914年大正3年) - 佐伯矩が東京府東京市芝区(後の東京都港区白金三光町に私立の栄養研究所を設立する。世界初の栄養学研究機関であった。
  • 1916年(大正5年) - 東京市芝区金杉川口町へ移転する。
  • 1919年(大正8年) - 佐伯が国立栄養研究所の設立を強調し、衆議院に参考資料を提出する。
  • 1920年(大正9年)9月17日 - 内務省栄養研究所が開設される(勅令第407号)。
  • 1921年(大正10年)12月17日 - 小石川駕籠町に新築された新庁舎に移転する。
  • 1938年昭和13年)1月11日 - 厚生省が新設され、その管轄下に移る。
  • 1940年(昭和15年)12月4日 - 公衆衛生院と合併し、厚生科学研究所国民栄養部となる(勅令第840号)。
  • 1941年(昭和16年)10月 - 厚生科学研究所国民栄養部研究会より「栄養学雑誌」第1巻1号刊行[2]
  • 1942年(昭和17年)11月1日 - 厚生科学研究所、人口問題研究所産業安全研究所が合併して設置された厚生省研究所の管轄下に移る(勅令第762号)。
  • 1946年(昭和21年)5月1日 - 厚生省研究所が解散し、再置された公衆衛生院の管轄下に移る(勅令第249号)。
  • 1947年(昭和22年)5月1日 - 公衆衛生院から独立再置され、国立栄養研究所となる(勅令第175号)。
  • 1948年(昭和23年)3月31日 - 庁舎を新宿区戸山町(後の新宿区戸山)へ移転。かつて陸軍軍医学校の衛生学教室と呼ばれた建物である。[3]
  • 1989年平成元年) - 国立健康・栄養研究所に改称。
  • 1992年(平成4年) - 厚生省戸山研究庁舎(東京都新宿区戸山1-23-1)へ移転。
  • 2001年(平成13年)4月 - 厚生労働省管轄の独立行政法人となる。
  • 2006年(平成18年) - 組織名称が研究部・室制からプログラム・プロジェクト制に改称。
  • 2011年(平成23年) - 組織名称がプログラム・プロジェクト制から研究部・室制に改称。
  • 2014年(平成26年)3月 - 栄養と身体活動に関する世界保健機関(WHO)協力センターに指定[4]
  • 2015年(平成27年)4月1日 - 医薬基盤研究所と合併し、国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所国立健康・栄養研究所となる。
  • 2017年(平成29年)3月31日 - 大阪府吹田市と摂津市にまたがる北大阪健康医療都市(愛称:健都)の摂津市側にある健都イノベーションパーク内への全面移転方針を発表[5]
  • 2018年(平成30年)4月1日 - 組織再編。
  • 2020年令和2年)4月1日 - 組織再編。政府関連機関として世界初の災害と栄養を専門とする部署を設置[6]
  • 2020年(令和2年)9月17日 - 創立100周年新型コロナウイルス感染症COVID-19蔓延のため、記念式典はオンラインにより実施[7]
  • 2020年(令和2年)12月1日 - 日本栄養改善学会の学術誌となった「栄養学雑誌」の第78巻サプリメント号に「Special Issue on 100 year’s History and Perspective of National Institute of Health and Nutrition, Japan」として国立健康・栄養研究所の100周年記念特集号が発行[2]
  • 2022年(令和4年)4月1日 - 大阪移転に伴うサテライトオフィスを設置(国立循環器病研究センター内)。
  • 2022年(令和4年)9月1日 - 移転後の施設(現在地:大阪府摂津市千里丘新町3-17)内に事務所を開設。
  • 2023年(令和5年)3月26日 - 移転後の施設で開所(開所式典は国立循環器病研究センター大講堂で実施)[8]
  • 2024年(令和6年)10月1日 - 組織再編(5部1センターから5センターに再編)。組織名称が研究部制から研究センター制に改称。

歴代所長

  • 佐伯矩(1920年9月 - 1940年12月)栄養研究所・所長
  • 杉本好一(1940年12月 - 1947年4月)厚生省研究所国民栄養部・部長
  • 柳金太郎(1948年1月 - 1950年12月)国立栄養研究所・所長
  • 有本邦太郎(1951年1月 - 1965年12月)
  • 大磯敏雄(1965年12月 - 1974年3月)
  • 福井忠孝(1974年4月 - 1981年3月)
  • 鈴江緑衣郎(1981年4月 - 1990年3月)国立健康・栄養研究所・所長
  • 小林修平(1990年4月 - 1999年7月)
  • 澤宏紀(1999年7月 - 2001年3月)
  • 田中平三(2001年4月 - 2005年3月)国立健康・栄養研究所・理事長(独立行政法人化)
  • 渡邊昌(2005年4月 - 2009年3月)
  • 徳留信寛(2009年4月 - 2013年3月)
  • 古野純典(2013年4月 - 2017年3月)国立健康・栄養研究所・理事長(医薬基盤研究所と統合後は所長兼任)
  • 阿部圭一(2017年4月 - 2020年9月)国立健康・栄養研究所・所長兼法人理事(2020年10月 - 2021年3月は法人理事専任)
  • 津金昌一郎(2020年10月 - 2023年3月)国立健康・栄養研究所・所長兼法人理事(2020年10月 - 2021年3月は所長専任)
  • 瀧本秀美(2023年4月 - )国立健康・栄養研究所・所長兼法人理事

組織

  • 栄養疫学・政策研究センター
  • 身体活動研究センター
  • 臨床栄養研究センター
  • 食品保健機能研究センター
  • 産官学連携研究センター
  • AI栄養統括研究室
  • 研究企画推進室

評価

国際連合食糧農業機関(FAO)と世界保健機関(WHO)によって設置された政府間組織である国際食品規格委員会(一般にコーデックス委員会と言う)において、a Recognized Authoritative Scientific Body (RASB)(公認された権威ある科学団体)の一つに国立健康・栄養研究所が認められている[9][10]。RASBは、「国または地域の当局によって支援され、要請に応じて科学的証拠の一次評価を通じて、1日摂取量に関する独立した、透明性のある、科学的かつ権威ある助言を提供し、かつ、そのような助言が1つ以上の国における政策策定において活用されることで認められている機関」と定義されている。2019年時点で、RASBに承認されている機関は全6機関で、国立健康・栄養研究所の他、欧州食品安全機関(European Food Safety Authority: EFSA)、米国医学研究所(Institute of Medicine: IOM)、豪州保健医療研究評議会及びニュージーランド保健省(National Health and Medical Research Council and New Zealand Ministry of Health: NHMRC/MOH)、北欧閣僚理事会(Nordic Council of Ministers: Nordic)、国際亜鉛栄養協議会(International Zinc Nutrition Consultative Group: IZiNCG)である[10]。EFSAは欧州連合(EU)、IOMはカナダアメリカ、NHMRC/MOHはオーストラリアニュージーランド、Nordicは北欧諸国、IZiNCGは国際団体で、それぞれ世界・地域・複数国間の組織であるが、国立健康・栄養研究所のみが単独の政府機関である。

独立行政法人の科学技術関係活動に関する調査結果概要(平成17事業年度)によると、研究所型独法について、1996年から2005年までに発表された全論文数(ISI論文データベース登録分)に対する2005年における1論文当たりの被引用数が多い研究所として、理化学研究所とともに国立健康・栄養研究所が挙げられた[11]

文部科学省科学技術政策研究所の調査グループによると、 論文データベース(Scopus)を使った2005年から2009年に掲載された論文の筆頭著者の所属機関別ランキングで、「ヒト研究による栄養関連論文」で国立健康・栄養研究所は国内第1位(世界第46位)であった[12]

国立健康・栄養研究所の「国立」は、運営する主体という意味ではなく名称の一部である。実際に、独立行政法人であった2001年から2015年までの間も、独立行政法人国立健康・栄養研究所の表記であった。単に「健康・栄養研究所」とのみ表記するのは間違いである。

地方創生による研究所の全移転

内閣府のまち・ひと・しごと創生本部は、首都圏の人口集中の是正と、地域間での経済活動のばらつき一部地方の経済環境の厳しさを踏まえ、一つの解決策として政府関係機関の地方移転を推進した。その一環として、2016年度末(2017年3月31日)に内閣府は国立健康・栄養研究所を東京都新宿区の厚生労働省戸山研究庁舎から大阪府へ全移転する方針を発表した[5]。移転先は大阪府吹田市と摂津市にまたがる北大阪健康医療都市(愛称:健都)の、摂津市側にある健都イノベーションパーク内である。2021年2月に移転入居先となる健都イノベーションパークNKビルの建設が着工され[13]、2022年3月1日に竣工した[14]。健都イノベーションパークNKビルの内装工事の間、近接する国立循環器病研究センター内に移転に伴うサテライトオフィスを設置し、2022年9月1日に健都イノベーションパークNKビルに事務所を開設した。その後、東京都の戸山研究庁舎から健都イノベーションパークNKビルへの引っ越し作業を実施し、2023年3月26日に移転先で国立健康・栄養研究所が開所した。開所式典は国立循環器病研究センター大講堂で実施された[8]

健都イノベーションパークの住所は摂津市、全体面積 約40,000㎡ のうち 約17,000㎡は吹田市が所有している[15]。国立健康・栄養研究所が入居する健都イノベーションパークNKビルは、JR西日本不動産開発が建物設置者、昭和設計が設計、大林組が施工をそれぞれ担当した[16]。7階建てで国立健康・栄養研究所は1~3階に賃貸入居する。したがって、国立健康・栄養研究所の移転先は、住所は摂津市、敷地の一部は吹田市が所有、事業主体はJR西日本不動産開発である民間の建物に賃貸料を支払い入居する、複雑な権利関係を持つ。なお、「NKビル」の名称は事業主体の「西日本(N)開発(K)」の略である。引っ越し作業は日本通運が担った。

国立健康・栄養研究所が東京都新宿区の厚生労働省戸山研究庁舎から、大阪府摂津市の健都イノベーションパークNKビルに移転した後、戸山研究庁舎内の国立健康・栄養研究所跡は、同じく戸山研究庁舎に存在する国立感染症研究所へ引き渡された[17]

国立健康・栄養研究所出身の人物

国立健康・栄養研究所名誉所員[38]

さらに見る 氏名, 授与年月日 ...
氏名 授与年月日 在職当時の職位
板倉弘重 1998年4月1日 臨床栄養部長
市川富夫 1998年4月1日 応用食品部長
伊東蘆一 1998年4月1日 老人健康・栄養部長
印南敏 1998年4月1日 食品科学部長
宇津木良夫 1998年4月1日 病態栄養部長
宮崎基嘉 1998年4月1日 基礎栄養部長
山口迪夫 1998年4月1日 食品科学部長
池上幸江 1999年4月1日 食品科学部長
小林修平 1999年7月1日 所長
江指隆年 2000年4月1日 応用食品部長
澤宏紀 2001年4月1日 所長
戸谷誠之 2001年4月1日 母子健康・栄養部長
樋口満 2003年4月1日 健康増進研究部長
岡純 2004年4月1日 応用栄養学研究部長
増田和茂 2004年8月1日 理事
田中平三 2005年4月1日 理事長  
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参考図書

脚注

関連項目

外部リンク

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