土橋友直 From Wikipedia, the free encyclopedia 土橋 友直(つちはし ともなお/ゆうちょく、1685年(貞享2年)- 1730年11月11日(享保15年10月2日))は、江戸時代中期の儒学者[1][2]、国学者である[2]。本姓は三宅[1]。通称は七郎兵衛。号は誠斎、好古堂。 三宅友政の子として和泉の貝塚に生まれる[3]。三宅如幽の養子となった後に[3]、摂津の平野の土橋家の家系となり土橋姓を名乗った[1][3]。その後河瀬菅雄及び伊藤仁斎[2][3]、三輪執斎の門下となり[3]、和歌や陽明学[3]、古学[2]、医学等様々な学問を学んだ[3]。 1717年(享保2年)には郷学施設である「含翠堂」を地元の有志らと共に創設し[1][3]、講師には初代学主となる三宅石庵や伊藤東涯[2]、五井蘭洲の実父である五井持軒等多くの学者を雇った[2]。後にこの施設は1724年(享保9年)の「懐徳堂」の創設に影響を与え[3]、多くの学者が講師に参加した[2]。 脚注 1 2 3 4 “土橋友直”. デジタル版 日本人名大辞典+Plus(講談社)株式会社DIGITALIO. 2023年2月3日閲覧。 1 2 3 4 5 6 7 “土橋友直”. 百科事典マイペディア(平凡社)株式会社DIGITALIO. 2023年2月3日閲覧。 1 2 3 4 5 6 7 8 9 “土橋友直”. 朝日日本歴史人物事典(朝日新聞出版)株式会社DIGITALIO. 2023年2月3日閲覧。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。表示編集この項目は、日本の歴史に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:日本/P:歴史/P:歴史学/PJ日本史)。表示編集 Related Articles