坂崎 (幸田町)
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河川
小字
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歴史
| さかざきむら 坂崎村 | |
|---|---|
| 廃止日 | 1889年10月1日 |
| 廃止理由 |
新設合併 坂崎村、深溝村、大草村、菱池村、高力村、横落村、北鷲田村 → 広田村 |
| 現在の自治体 | 岡崎市 |
| 廃止時点のデータ | |
| 国 |
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| 地方 | 中部地方、東海地方 |
| 都道府県 | 愛知県 |
| 郡 | 額田郡 |
| 坂崎村役場 | |
| 所在地 | 愛知県額田郡坂崎村 |
| ウィキプロジェクト | |
額田郡坂崎村を前身とする。
付近は古墳時代に小規模な古墳が多数あったことが分かっている。伝説ではヤマトタケルが東征の際に京ケ峯に上って西方を望み、都を懐かしんだとされ、三村神社(坂崎大明神)に祀られている。弓削氏を祖とする平岩氏が坂崎古城を拠点としてこの地域を治めていた。室町時代には足利将軍家の領地であったが、戦乱が続いて伊勢貞親の家臣である松平信光が勢力を伸ばして三河国一帯を支配するにつれて、大草松平家が現在の岡崎市南部から幸田町北部付近を本拠地にし、平岩氏は松平氏に臣従するようになった。1542年には徳川十六神将の平岩親吉がこの地で生まれた。関ヶ原の戦い後、大久保彦左衛門がこの土地に所領を得て、以後は旗本大久保氏が治めた。