坂本怜
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| 基本情報 | ||||
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| 出身地 |
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| 生年月日 | 2006年6月24日(19歳) | |||
| 身長 | 195 cm | |||
| 体重 | 80 kg | |||
| 利き手 | 右 | |||
| バックハンド | 両手打ち | |||
| デビュー年 | 2024年 | |||
| 生涯獲得賞金 | 376,935 アメリカ合衆国ドル | |||
| ツアー経歴・シングルス | ||||
| 自己最高ランク | 157位(2026年2月23日) | |||
| 4大大会最高成績・シングルス | ||||
| 全豪オープン | 1回戦(2026) | |||
| 全米オープン | 予選2回戦(2025) | |||
| ツアー経歴・ダブルス | ||||
| 自己最高ランク | 750位(2025年2月26日) | |||
| 2026年4月23日現在 | ||||
坂本 怜(さかもと れい、2006年6月24日 - )は、日本の男子プロテニス選手。愛知県名古屋市出身[1]。ATPランキング自己最高位はシングルス157位、ダブルス750位。身長195cm、体重80kg[1]。右利き、バックハンド・ストロークは両手打ち[1]。2024年全豪オープンジュニア男子シングルス優勝[2]。
ジュニア時代
愛知県名古屋市北区出身[3]。錦織圭に憧れてテニスを始めた[4]。2022年からは盛田正明テニス・ファンドのサポートを受けており、同年2月にはアメリカ合衆国フロリダ州のIMGアカデミーを拠点とした。愛知県小牧市の誉高等学校に入学すると主な活躍の場は世界大会となった[3]。
2024年 チャレンジャー初優勝
1月、2024年全豪オープンジュニア男子シングルスでは、決勝でチェコのヤン・クムスタットを破って優勝した[5][6]。
2月、デビスカップに出場する日本代表メンバーに選出された[7]。
3月、マイアミ・オープンではマスターズ1000大会に予選ワイルドカードを得て出場したが、予選1回戦でヴィート・コプジヴァに敗れた[8]。2024年5月にはITFジュニアランキング1位となった。
2024年全仏オープンジュニア男子ダブルスではイタリアのフェデリコ・シナーとペアを組み、決勝でニコライ・ブドコフ・ケアーとジョエル・シュヴェルツラーに敗れたものの準優勝した。2024年全米オープンジュニア男子ダブルスではチェコのマキシム・ムルヴァとペアを組み、決勝でデニス・ペタクとフィン・トーマスを破って、優勝した[9]。
9月にはプロ転向を宣言し「将来的な目標は24歳でグランドスラムタイトルを獲得」と明確な目標を掲げた[10]。
11月の四日市チャレンジャーにはワイルドカードを得て出場した。準決勝では望月慎太郎を破り、決勝でドイツのクリストフ・ネグリトゥを破って優勝した[11]。
2025年 チャレンジャー3勝目
7月のケーリーチャレンジャーで優勝しチャレンジャー2勝目、11月の横浜慶應チャレンジャー国際テニストーナメントでは決勝で内田海智に勝利しチャレンジャー3勝目を挙げ、世界ランキングを最高で159位まで上げる[12]。
2026年 グランドスラム初出場
1月、全豪オープン予選1回戦では世界ランキング187位のダニエル・エバンスに6-1, 6-2のストレートで完勝し、同大会の予選で初白星を挙げるとともに、予選2回戦進出を果たした[13]。試合後、オフシーズンで「筋肉量が2キロくらい増えて、体重もちょっと増えた」と明かした[14]。予選2回戦では予選第32シードのコルトン・スミスを6-4, 6-4のストレートで下し、予選決勝進出を果たすとともに、四大大会で初の本戦入りに王手をかけた[15]。予選決勝では世界ランキング156位のジュリオ・ゼッピエリに6-2, 6-2のストレートで完勝し、予選突破を果たすとともにグランドスラムで初の本戦入りを決めた。試合後「当たり前が5割、嬉しいが5割です」と語った[16]。本戦1回戦では同じく予選勝者で世界ランキング150位のラファエル・ホダルに6-7(6), 1-6, 7-5, 6-4, 3-6のフルセットの死闘の末に敗れ.初戦敗退となり、初の四大大会本戦は惜しくも黒星となった[17]。試合を振り返り「悔しい」と口にした[18][19]。
2月、2026年ブリスベン・チャレンジャーでは第6シードとして出場。2回戦でダニエル太郎を7-6(5), 6-2のストレートで破るも[20]、準々決勝でトリスタン・スクールケイトに3-6, 4-6のストレートで敗れた[21]。次週の2026年ブリスベン・チャレンジャー2では第3シードとして出場。1回戦で予選勝者で世界ランキング531位の望月勇希に6-0, 6-1のストレートで圧勝し、初戦突破を果たした[22]。さらに2回戦ではコリン・シンクレアを7-5, 6-3のストレートで下し、チャレンジャー大会で2週連続となるベスト8進出[23]。準々決勝ではリー・トゥを7-6(3), 6-4のストレートで下し、ベスト4進出を果たした[24]。準決勝ではジャン・ジジェンに1-6, 4-6のストレートで敗れた[25]。2026年デリー・チャレンジャーでは1回戦でフレデリコ・フェレイラ・シルバを6-2, 6-2のストレートで快勝し、チャレンジャー大会で3週間連続となる初戦突破を果たした[26]。2回戦ではアラステア・グレーを1-6, 6-1, 6-4の逆転で下し、チャレンジャー大会で3週連続となるベスト8進出を果たした[27]。準決勝ではフェデリコ・チナを6-7(7), 6-3, 6-2の逆転で下し、チャレンジャー大会で2週連続となるベスト4進出を果たした[28]。
3月、BNPパリバ・オープン予選1回戦では予選第1シードのヴィット・コプリヴァに4-6, 6-7(6)のストレートで敗れ、予選1回戦敗退となった[29]。マイアミ・オープンではワイルドカードを付与され、本戦1回戦から出場することとなった[30]。本戦1回戦では世界ランキング92位のアレクサンダル・コバチェビッチを6-4, 3-6, 7-6(7)の死闘の末に下し、初戦突破を果たすとともに、ATPツアーで初白星を挙げた[31][32]。2回戦ではダニール・メドベージェフに7-6(10), 3-6, 1-6の逆転で敗れた[33]。ハサン2世グランプリ予選ではワイルドカードで出場した世界ランキング1613位のアミネ・ジャムジを6-4, 6-2のストレートで破り、今季クレー初白星を挙げ、本戦入りに王手をかけた[34]。予選決勝では第1シードのマルコ・トルンヘリティに6-7(8), 4-6のストレートで敗れ予選敗退となり、今季3度目のツアー本戦入りとはならなかった[35]。
4月、2026年モンツァ・オープンでは1回戦でロベルト・カルバレス・バエナを6-4, 6-3のストレートで下し初戦突破を果たした [36]。2回戦ではルカ・ヴァン・アッシュに3-6, 5-7のストレートで敗れ、2回戦敗退となり、ベスト8進出とはならなかった[37]。2026年オープン・デ・オエイラス IIIでは1回戦でアレハンドロ・モロ・ケイナズを6-4, 6-4のストレートで下し初戦突破を果たした [38]。2回戦ではエンリケ・ロッチャに6-7(7), 6-7(4)のストレートで敗れ、ベスト8進出とはならなかった[39]。マドリード・オープンではワイルドカードで出場し、予選1回戦でザカリー・スワイダを7-6(9), 6-1のストレートで下し、クレーで開催されるマスターズ初出場で、本戦入りに王手をかけた[40]。予選第2回戦ではヴィリウス・ガウバスに6-7(5), 7-6(5), 6-7(4)の死闘の末に予選敗退となり、クレーコートでのマスターズ初の本戦入りとはならなかった[41]。
人物
坂本は試合後のセレブレーションとして、刀に見立てたラケットを抜く勝利後の侍パフォーマンスをして、注目を集めている。海外の実況者も「サムライ・サカモト」の愛称で坂本を呼ぶなど、そのパフォーマンスは浸透してきている。一方で「相手への敬意を欠くものだ」「幼稚だからやめてほしい」などという一部否定的な意見も上がっている[42]。
「小さい頃、テレビで錦織圭選手を観て夢をもらいました」と話していた。テニス以外に好きなものは漫画を読むことで趣味は古着を買う、音楽鑑賞、『ONE PIECE』、『ジョジョの奇妙な冒険』などジャンプ系、幼い頃から東映特撮の仮面ライダー(『仮面ライダーディケイド』、『仮面ライダーW』、『仮面ライダーオーズ/OOO』)やスーパー戦隊(『侍戦隊シンケンジャー』、『海賊戦隊ゴーカイジャー』)を好む。
2024年1月27日、テニスを始めるきっかけになった選手ついて錦織圭と大坂なおみ名前を挙げたことがある[43]。
2024年12月9日、YONEXとラケット、シューズ等を含む総合契約を締結し、都内で「坂本 怜 選手 ヨネックス 総合契約発表会」が行われ、登壇した坂本は自身の伸びしろやメンタル面の変化など、1年で感じたことを語った[44]。
2025年2月5日、ATP公式サイトが坂本とのインタビューを掲載し「自分と同じ年齢だった頃の錦織選手と自分を比べると、彼は別の世界にいるような気がします。彼は18歳になったばかりのときにツアーで初優勝を果たしました。今、僕はチャレンジャー大会で優勝しましたが、自分と比べると、彼に近づくほど、より遠い存在のように感じます」と錦織に対してのリスペクトや関係性を語った[45]。
2025年12月4日、20歳以下最終戦であるNext Gen ATPファイナルズは公式SNSを更新し、坂本を次世代選手として取り上げ「僕の人生でテニスは決して退屈しないものです。絶対に。本当に好きなんです。僕の人生の全てです。夢は四大大会で優勝することです」と偉大な夢を抱いていることを語った[46]。
2026年1月19日、ATPツアー公式サイトは坂本の特集記事を公開。コーチであるフェデリコ・リッチのインタビューとともに1年間の成長の要因を明かし、成長の要因を「総合的なプロ意識の高さ」であり、具体的には「メンタルの安定性とフィジカル面」を挙げた。さらに坂本自身は全豪オープンに先立って「ここは特別な場所です。ジュニア時代からの良い思い出があり、このコートは自分に合っていると思います。ホスピタリティや全てが素晴らしく、ここが好きです」と語った[47]。
プレースタイル
身長195cmから放たれる強烈なサーブと独特なフォロースルーから繰り出されるスピンの効いたフォアハンドが武器である。実際、2026年3月9日、BNPパリバ・オープンでの練習会場で、世界ランキング2位のヤニック・シナーと練習を行い、1セットマッチの練習試合で6-4のスコアで勝利したことがある。この後、坂本が自身のInstagramのストーリーズ(24時間で消える投稿)で、この練習試合のある場面で坂本が放った強烈なスピンの効いたセカンドサービスに対し、シナーが空振りをしており「おれのセカンドはシナーですら空振ります」とコメントを添えている[48]。
ATPツアー決勝進出結果
シングルス: 0回 (0勝0敗)
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