動植物の手描き写生図鑑(図譜・画譜・画帖)を多く著した。その写生画の美しさから、浩然の作品は博物学史上の史料としてのみならず、美術史上の花鳥画としても扱われる。
経歴としては、紀州藩で藩医を務める父・坂本純庵のもとに生まれ、浩然自身も紀州藩医を継いだ。また、本草学の知識を著名な本草学者・曽占春(曽槃)から教わり、絵の描き方を画家の華島雪亭から教わった[3][4]。
弟に坂本純沢(高槻藩医)がいる。純沢も似たような図鑑を著したため、純沢と浩然はしばしば同一人物として混同される[5]。
弟子に滝和亭がいる。