城の山古墳
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4世紀前半に築造。前期古墳時代のものとしては、日本海側最北端であると目されている。1995年以降、地元の教育委員会の手により調査が実施され、2012年からは副葬品の発掘調査が行われている。棺周辺部に赤色の顔料が大量に用いられていること、多くの副葬品などから、大和朝廷が東北方面へ進出していく過程の手がかりになりうるものとして位置づけられている。
この城の山古墳は長らく直径約39メートルの円墳とされたが、2014年(平成26年)の調査で円形部周囲にコの字形の溝の遺構が見つかったため、前方後円墳とする見解が示されていた[3]。しかし2015年(平成27年)の継続調査において溝が後世のものと判明し、他に前方後円墳の要素も見つからなかったため、現在では前方後円墳の可能性は否定されている[4]。
