1世紀

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キリスト教の誕生。イエス十字架での死とともにその教えは世界に大きな影響を与えた。画像は12世紀に制作されたイスタンブールハギア・ソフィア大聖堂モザイク壁画「全能者キリスト(ハリストス)」。
ローマ大火。64年に起きたこの大火でローマ皇帝ネロはその原因をキリスト教徒によるものだとして厳しい迫害を加え、殉教者を出した。画像はこの迫害を描いたヘンリク・シェミラツキ英語版の歴史画。

1世紀(いっせいき、いちせいき)は、西暦元年1年)から西暦100年までの100年間を指す世紀1千年紀における最初の世紀である。

天文学以外では通常、西暦0年は存在せず、また0世紀もない。これは、ヨーロッパで西暦ができた6世紀の時点では、まだヨーロッパ人はの概念を知らなかったためであると言われることもあるが、元年以前を表すために紀元前が導入されたのは零の概念が普及した後の17世紀のことである。

なお、天文学ISO 8601では、紀元1年の前年、すなわち紀元前1年を西暦0年と定めている(詳細は「紀元前1年#西暦0年」または「0年#西暦0年」を参照)。

0年代

後漢光武帝王莽によって断絶した漢王朝を復興し賢君と讃えられている。画像は唐の画家閻立本「歴代帝王図巻」の十三皇帝図の光武帝像(ボストン美術館蔵)。
揺銭樹中国語版。貨幣経済の流通が促進された後漢初期には副葬品の明器として「揺銭樹(貨幣が実る樹木)」が出現し、特に四川で大いに発展した。画像は杭州にある中国財税博物館中国語版蔵の揺銭樹の部分。
漢委奴国王印」。江戸時代九州志賀島で発見されたもので、後漢の光武帝により下賜されたものとされる。現在は福岡市博物館が所蔵。
徴姉妹(チュン姉妹)の反乱。長らく漢民族の支配下にあったベトナムでは。徴側・徴弐の二人の姉妹による反乱が起きた。交趾郡から各地に拡がったものの、後漢の光武帝が派遣した馬援将軍に鎮圧された。しかし彼女たちは今でもベトナムの国民的な英雄である。画像は象に乗って戦う徴姉妹を描いたドンホー版画
インド・スキタイ王国。ギリシア系王国が衰退した後にスキタイサカ族の王国がインド各地に成立した。画像はこの時代に作られた「マトゥラーの獅子柱頭英語版」(大英博物館蔵)。
ローマのコロッセウム(コロッセオ)。ウェスパシアヌス帝の時代に着工され、その息子ティトゥス帝の時代に完成した円形闘技場(アンフィテアトルム)。
埋没した都市ポンペイ。紀元79年8月24日に大爆発を起こしたヴェスヴィオ火山によってポンペイ市は埋没した。画像はポンペイ遺跡で発掘された「秘儀荘(ヴィラ・デイ・ミステリ)英語版」の壁画で、ディオニュソス神の密儀宗教を示しているとされる。
ポートランドの壺」。ローマ帝国では繊細な芸術作品が数多く作られたが、ガラスを削って浮き彫りを施すカメオガラスの技術は巧緻極まるものとなった。紀元25年ごろ作られたこの壺はその代表であり、現在は大英博物館に所蔵されている。
詩人オウィディウスの追放英語版。皇帝アウグトゥス治世の終わりに皇帝一家にまつわる醜聞が発覚し、その巻き添えでこの詩人は黒海のほとりトミス(現在のルーマニアコンスタンツァ)に流罪となった。トミスはローマから遠く離れた僻陬の地であり、詩人は哀しみを切々と詠み上げてこの地に没した。画像はローマ時代のトミスの遺構。
トイトブルクの森の戦い。無敗を誇ったローマ軍団も紀元9年のこの地での戦いではアルミニウス率いるゲルマン軍に大敗北を喫し、以後ローマ側はライン川を挟んで守勢に回った。画像はトイトブルクの古戦場跡から出土したローマ軍騎兵の鉄仮面(ドイツ・ニーダーザクセン州カルクリーゼ博物館ドイツ語版蔵)。
ブーディカの反乱。属州ブリタンニアでのローマ支配に対し立ち上がったのがケルトイケニ族の女性指導者ブーディカである。この反乱は鎮圧されたが歴史家タキトゥスらの記録により、その事績は詳しく伝えられている。画像はロンドンウェストミンスター橋西詰にあるブーディカと娘たちの記念像。
ユダヤ戦争。ローマ皇帝ティトゥスによりユダヤ人の反乱は鎮圧されエルサレム第二神殿も破壊された。画像はティトゥスの凱旋門に刻まれた神殿の宝物(七枝の燭台のメノーラーほか)を運ぶローマ兵士たち。
バールベック。この地は属州シリアの聖地で、元来はフェニキア系の神バアル(ハダド)が祀られていた。ローマの支配に服してからはユピテル神と習合して祀られるようになり繁栄した。画像はネロ帝時代に完成したユピテル神殿の6本大列柱。
ペトラエル・カズネナバテア王アレタス4世フィロパトリスの最盛期に建造されたもので、「エル・カズネ」は「宝物殿」を意味する。

10年代

20年代

30年代

40年代

50年代

  • 50年 - コロニア・アグリピネンシス(現ケルン)がローマ植民市に格上げされる。
  • 52年
    • パウロの第3回伝道旅行。
    • 伝承では使徒トマスがインドのケララ地方に上陸してキリスト教を伝えたとされる(トマス派)。
  • 54年 - ローマでクラウディウス帝が死去し、ネロ帝が即位。
  • 56年 - 後漢の光武帝が建武中元と改元して封禅の儀式を実施。
  • 57年 - 倭の奴国王が後漢に朝献して、倭奴国王印(金印紫綬)を授けられる(後漢・建武中元2、丁巳;『後漢書』光武帝紀、同東夷伝)。同年後漢の光武帝が亡くなる。
  • 59年 - ネロ帝が母の小アグリッピナを殺害する。

60年代

70年代

80年代

90年代

100年代

発明

人物

関連項目

外部リンク

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