東海大学第五高校在学時の1982年に日本ジュニアユース代表に選ばれ、シンガポールで行われたライオンシティカップに出場した[2]。
卒業後の1984年に日本サッカーリーグの住友金属工業蹴球団に加入。JSL1部では通算12試合に出場し1得点を記録した[3]。1992年に住金が鹿島アントラーズへ移行した後も在籍し[1]、同年6月28日に行われたPJMフューチャーズとのプレシーズンマッチに出場したが、トップチームでの公式戦出場の機会はなかった[4]。
引退後は鹿島の育成組織のコーチを経てフロントに入り、地域連携グループ長などを務めている[5][6][7]。