増富温泉
山梨県北杜市にある温泉
From Wikipedia, the free encyclopedia
泉質
温泉街
歴史
増富温泉を訪れた文学者
高浜虚子(1874年 - 1959年)は俳人・小説家。1917年(大正6年)6月に『国民新聞』紙で「富士を背景とする避暑的遊覧地」を募集し、山梨県では河口湖のほか日野原(北杜市長坂町)、増富が上位に選ばれた。虚子は紹介文を書くために山梨を訪れている。虚子は境川村(笛吹市境川町)出身の俳人で、大学時代に虚子と交流のあった飯田蛇笏(いいだ だこつ)の案内で増富温泉を訪れる。増富温泉では二泊し、『國民新聞』1917年(大正6年)7月9日・11日の号では歓迎の様子や宿の様子、渓谷の情景などを記している。また、飯田蛇笏も随筆「山の饗宴」においてこの時の様子を記しているほか、記念の揮毫や菅笠、書簡も残されている。
井伏鱒二(1898年 - 1993年)は昭和初年から戦後にかけて山梨県を数多く訪れ、山梨の文人とも交流している。山梨を舞台にした作品も多く手がけた。井伏は北巨摩(北杜市域)も数多く訪れているが、増富温泉も山宿として何度となく訪れ、1934年(昭和9年)に刊行された『田園記』に収録されている随筆「増富温泉場」では増富温泉について記している。
田中冬二(1894年 - 1980年)は銀行員の傍ら詩を書き、随筆も手がけた。山梨県では増富温泉のほか奈良田温泉(南巨摩郡早川町)を訪れている。1955年(昭和30年)には、冬二の家族と画家の富田通雄の四人で増富温泉を訪れている。増富温泉を記した随筆に「山峡の湯」「増富ラジウム温泉」がある。

