井伏鱒二
小説家 (1898-1993)
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井伏 鱒二(いぶせ ますじ、1898年〈明治31年〉2月15日 - 1993年〈平成5年〉7月10日)は、日本の小説家。本名:井伏 滿壽二(いぶし ますじ)。広島県安那郡加茂村(現福山市)出身[1]。筆名は釣り好きだったことによる。日本芸術院会員、文化功労者、文化勲章受章者。福山市名誉市民、広島県名誉県民、名誉都民。
井伏 鱒二 (いぶせ ますじ) | |
|---|---|
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1952年の井伏 鱒二 | |
| 生誕 |
井伏 滿壽二(いぶせ ますじ) 1898年2月15日 (現福山市) |
| 死没 |
1993年7月10日(95歳没) |
| 職業 | 小説家 |
| 言語 | 日本語 |
| 国籍 |
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| 最終学歴 | 早稲田大学仏文科中退 |
| 活動期間 | 1923年 - 1993年 |
| ジャンル | 小説・随筆 |
| 文学活動 | 新興芸術派 |
| 代表作 |
『山椒魚』(1929年) 『屋根の上のサワン』(1929年) 『ジョン万次郎漂流記』(1937年) 『さざなみ軍記』(1938年) 『多甚古村』(1939年) 『本日休診』(1950年) 『駅前旅館』(1957年) 『黒い雨』(1966年) 『荻窪風土記』(1982年) |
| 主な受賞歴 |
直木三十五賞(1938年) 読売文学賞(1950年・1972年) 日本芸術院賞(1956年) 文化勲章(1966年) 野間文芸賞(1966年) |
| デビュー作 | 『幽閉』(1923年) |
| 親族 |
郁太(父) ミヤ(母) 民左衛門(祖父) 文夫(兄) 泉(姉) 圭三(弟) 節代(妻) |
来歴
1898年、広島県安那郡加茂村粟根に父・井伏郁太、母・ミヤの次男として生まれた。井伏家は室町時代の1442年(嘉吉2年)まで遡れる旧家で、「中ノ土居(土地の言葉でナカンデエ)」の屋号をもつ代々の地主である[2]。5歳のときに父を亡くし、特に祖父にかわいがられて育つ。
1905年、加茂小学校入学。この年の夏に祖父と訪れた鞆ノ津(鞆の浦)で初めて海を見て、一尺くらいある黒鯛を釣り上げた[3]。
1912年、旧制広島県立福山中学校(現広島県立福山誠之館高等学校)に進学した。同校の庭には池があり、2匹の山椒魚が飼われていて[4]、これがのちに処女作として発表され、世に知られることとなる「山椒魚」に結びついた。作文は得意だったが成績はあまり振るわず、中学3年のころから画家を志し、卒業すると3か月間奈良・京都を写生旅行。そのとき泊まった宿の主人が偶然橋本関雪の知り合いと聞き、スケッチを託して橋本関雪に入門を申し込んだが断られ、やむなく帰郷する。
後に、同人誌に投稿などをしていた文学好きの兄からたびたび勧められていたこともあり、井伏は文学に転向することを決意、1917年9月、早稲田大学予科に入学、1919年4月、文学部仏文学科に進学する[5]。そこで同じ学科の青木南八と親交を深める一方、文壇で名を成していた岩野泡鳴や谷崎精二らのもとを積極的に訪ねるようになる。しかし1921年、三回生の時、井伏は担当の片上伸教授と「衝突[注 1]」し、やむなく休学し帰郷、母と兄の配慮により中学時代の恩師を人伝に仲介を受け、御調郡(旧・因島市、現・尾道市)因島三庄町千守の土井医院[注 2]2階へ逗留することとなった[6][7][8][9]。
約半年後に帰京、復学の申請をするが、同教授が反対したためかなわず、やむなく中退となった。さらにこの年、無二の親友だった青木南八が自殺するに及んで、井伏は日本美術学校も中退してしまう。

1923年、同人誌『世紀』に参加し、「幽閉」を発表。後に加筆して『山椒魚』と改題[10]。翌年、聚芳社に入社するが、退社と再入社を繰り返した後、佐藤春夫に師事するようになる。
1924年、親友を頼って山口県柳井市に滞在。後になって、当時お露という名前の柳井高等女学校の生徒への切ない恋を告白した書簡が見つかっている[11]。
1927年、「歪なる図案」を『不同調』誌に発表、初めて小説で原稿料を得たが、なかなか芽が出ず、文藝春秋の女性誌『婦人サロン』に、同人誌仲間の中村正常(中村メイコの父)と組んで、「ペソコ」と「ユマ吉」というモガとモボを主人公にしたナンセンス読み物を書き始める。同年10月、遠縁の娘、秋元節代(当時15歳)と結婚する。この時期より荻窪に在住、やがて阿佐ヶ谷文士村が出来ていき中心人物となった。
1929年、梶井基次郎の「ある崖上の感情」の影響を受けた「朽助のいる谷間」を『創作月刊』誌に[12][13][14]、「幽閉」を改作した「山椒魚」を『文芸都市』誌に、「屋根の上のサワン」を『文学』に発表する。この後『山椒魚』は早稲田在学中にやっていた回覧雑誌「にはいり」に『山椒魚の嘆き』として載ったとされる。さらに1940年(昭和15年)には「セイガク二年生」にも連載された。井伏は60数年にわたってこの作品『山椒魚』を改稿し続けた[15]。
1930年、初の作品集『夜ふけと梅の花』を出版する。この年は小林秀雄らが出していた雑誌『作品』の同人となり、太宰治とはじめて会ったりしている。
1931年4月29日、井伏は林芙美子と瀬戸内の因島に渡り、三ノ庄(みつのしょう)の土井浦二宅を訪れて、同家の跡取り息子の展墓を果たす。かつて早稲田を休学して憂悶の日々を送った折に、当地で止宿先を提供してくれた土井医院の長男春二がこの年2月、日本医科大学在学中に病没したためである[注 3]。その島を離れる折に、船上で林芙美子の人情味溢れる感情の機微に触れた[注 4]ことが、後に彼の有名な于武陵「勧酒」の訳出「サヨナラダケガ人生ダ」を生み出す端緒となる[8][16]。
1938年、『ジョン萬次郎漂流記』で第6回直木賞受賞、『文学界』誌の同人となる。
昭和初年から山梨県を頻繁に訪問した。山梨では多くの地元文人と交流し、趣味の川釣りなどを行っている。山梨を舞台にした作品も多い。1939年、太宰治と甲府市水門町(甲府市朝日)に居住する地質学者・石原初太郎の娘である美知子との結婚を仲介している。
1941年、陸軍に徴用され、開戦を知ったのは南シナ海上を航行する輸送船の中だった。その後日本軍が占領したシンガポール(昭南)に駐在、現地で日本語新聞『昭南新聞』の編集に携わった。この経験がその後の作品に大きな影響を与えている。シンガポール陥落、中島健蔵と神保光太郎とともに昭南市のロイド・ロード55番地の宿舎で共同生活し、この時代をモデルに『花の街』(のち花の町に改題)を執筆した[17]。
1944年7月には、甲府市甲運村(甲府市和戸町)の岩月家に疎開する。岩月家は双英書房の創業者である岩月英男の実家であり、岩月は井伏門下で、太宰治の著作などを刊行している。井伏は翌1945年7月6日から7日の甲府空襲では被災している[注 5]。井伏はその後、広島県福山の生家に再疎開しているが、戦後も甲州(山梨県)訪問は頻繁に行っており、俳人の飯田龍太らと交流した。
『別冊文藝春秋』1949年8月-1950年5月に『本日休診』を連載、1950年6月刊。1940年代後半の一時期、新日本文学会に加入していたが、ほどなく退会した[18]。
『群像』1954年4月-1955年12月に『漂民宇三郎』を連載、1956年2月刊行。
1960年、井伏は日本芸術院新会員となり、他の新会員や受賞者とともに皇居に招かれるも欠席している[19]。
1965年1月-1966年9月、『新潮』誌に『黒い雨』(連載当初は『姪の結婚』)を連載、1966年10月刊行した。この作品で1966年(昭和41年)、野間文芸賞を受賞する。同年に文化勲章を受章する[20]。
1970年11月『私の履歴書(半生記)』を『日本経済新聞』に連載する[21]。
1974年(昭和49年)末から翌1975年(昭和50年)2月まで岡山県邑久郡牛窓町(その後の瀬戸内市)に滞在し、6月「新潮」に「備前牛窓」を発表する[22]。
1982年、荻窪の古老:矢嶋又次による昔の荻窪の「記憶画」に触発されて執筆した『荻窪風土記』を刊行。
1992年、6月発行の『アサヒグラフ別冊 井伏鱒二の世界』(朝日新聞社)で最晩年の日々が紹介された。
1993年6月24日、東京衛生病院に緊急入院、7月10日に肺炎のため95歳で死去した[23]。戒名は照観院文寿日彗大居士。自宅近所でお別れの会が行われ多数の参列者が来た。墓碑は東京北青山の持法寺にあり、高さ1.3メートルほどの墓石正面に「井伏家之墓」と刻まれている[24]。
没後
生誕100年となる1997年(平成9年)、杉並区立郷土博物館にて平成9年度特別展「生誕百年記念特別展 井伏鱒二と『荻窪風土記』の世界」が開催された。会期は1998年(平成10年)2月1日から3月15日。井伏が生涯の大半を過ごした荻窪の地を舞台に、多くの文士との交流や井伏の趣味人、釣人としての姿などを書いた『荻窪風土記』を通して井伏文学を辿った展示が行われた[25]。
没後30年となる2023年秋に神奈川近代文学館で、特別展「没後30年 井伏鱒二展 アチラコチラデブンガクカタル」が開催された[26]。会期は9月30日から11月26日[27]。太宰治が鎮痛剤中毒で入院したときの病状を井伏から佐藤春夫に伝えた新発見の書簡が展示された[26][28]。
1975年のノーベル文学賞の候補に推薦されていたことが、2026年1月に選考主体のスウェーデン・アカデミーが選考資料を開示したことにより、初めて公式に確認された[29]。
エピソード
- 文壇の長老で自身も将棋好きであった菊池寛の影響で将棋に夢中になり、晩年に日本将棋連盟からアマ五段の免状を授与されている。また、1929年(昭和4年)頃に発足した『阿佐ヶ谷将棋会』(会員は、外村繁<自身は将棋を指さず>、古谷綱武、小田嶽夫、中村地平、木山捷平、濱野修、安成二郎、上林暁、田畑修一郎、青柳瑞穂、浅見淵、太宰治、亀井勝一郎、秋澤三郎、瀧井孝作、三好達治、火野葦平、島村利正、河盛好蔵、中野好夫、宇野千代、真杉静枝など)の中心となって活躍した[30]。なお、将棋の一番の好敵手だったのは永井龍男。永井は日本将棋連盟からアマ初段の免状を贈ると打診されたが、その力量ではないと辞退した[31]。
- 井伏は酒が強く、1976年に雑誌「酒」が企画した「文壇酒徒番付」では当時78歳にして東の正横綱に選ばれた[26]。
- 井伏が報道班員として徴用され、シンガポールの日本語新聞『昭南新聞』の編集者をしていたときに、軍に取材に訪れた井伏が宣伝班の事務室でぼんやりしていると、通りかかった山下奉文が井伏の様子を見て、激昂し「無礼者め」と怒鳴りながら井伏を見据えたという。井伏は慌てて直立不動の姿勢をとったが、山下はさらに「軍人は礼儀が大事だ」「徴員と言えども軍人だ」「そのくらいのことは宣誓式をした人間にはわかっている筈だ。軍人であることが、わかっている筈だ。無礼者、こんな者は追い返してしまえ。帰ってしまえ」と井伏を叱りつけた。散々叱りつけられた井伏は、このとき山下はシンガポール入城後で暇を持て余しており、機嫌が悪かったのではと推察している[32]。
各賞・栄典
文学賞
選考委員
- 第17 - 38回 直木賞選考委員、1943年(昭和18年) - 1957年(昭和32年)
- 第39 - 47回 芥川賞選考委員、1958年(昭和33年) - 1962年(昭和37年)
- 第1 - 14回 新潮同人雑誌賞選考委員、1955年(昭和30年) - 1968年(昭和43年)
栄典
作家研究
作品研究
盗作、剽窃疑惑
井伏没後に、歌人の豊田清史は、代表作『黒い雨』が被爆者で豊田の知人である重松静馬の日記をほぼそのままの形で使ったものに過ぎないと主張した[37]。
豊田の主張について近代文学研究者の相馬正一は「読者に「黒い雨」がいかにも「重松日記」の盗作であるかのような印象を与えた」と述べ、豊田が「重松日記」の本文を改竄し、『黒い雨』の本文に近づけるという操作を行っていることを批判している[38]。
ただし、豊田自身が「盗作」という言葉を使ったことはない。なぜなら、重松が『黒い雨』に自身の日記を使用することを許諾していた以上「盗作」と主張するのが無理であることは、豊田もよくわかっていたからである。豊田は「「盗作だったのか」はまったく『週刊金曜日』が一方的につけた題名である」と説明している[39]。豊田の主張に依拠した作家の猪瀬直樹『ピカレスク 太宰治伝』(小学館、2000年、文春文庫、2007年)が『黒い雨』の価値を全否定したことで、この問題は広く知られるようになった。しかし、近年では豊田の主張には数々の虚偽が含まれていることが広く知られている[40]。また、重松静馬の日記は『重松日記』(筑摩書房 、2001年)として刊行されているので、『黒い雨』が重松の日記をほぼそのままの形で使ったものに過ぎないのかどうかは誰にでも確認できる[独自研究?]。
著作
単著
- 『夜ふけと梅の花』新潮社・新興芸術派叢書 1930年 国立国会図書館書誌ID:000000777701 / 新潮文庫 1948年 000000691437 / 新編・講談社文芸文庫 1997年11月 ISBN 4-06-197591-9
- 「朽助のゐる谷間」「山椒魚」「屋根の上のサワン」「鯉」など。
- 『なつかしき現実』改造社 1930年 000000755101
- 「谷間」など。
- 『仕事部屋』春陽堂 1931年 000000752278 / 新編・講談社文芸文庫 1996年10月 ISBN 4-06-196389-9
- 「丹下氏邸」「悪い仲間」など。
- 『川』江川書房 1932年10月 NCID BN14042434
- 『随筆』椎の木社 1933年 000000757259
- 「日本漂民」「風貌・姿勢」など。
- 『田園記』作品社 1934年 000000764200
- 『逃亡記』改造社 1934年 000000781001
- 「掏摸の桟三郎」「言葉について」「青ヶ島大概記」など。
- 『頓生菩提』竹村書房 1935年 000000765714
- 『肩車』野田書房 1936年 000000708928
- 『自叙伝 雞肋集』竹村書房 1936年 000000715955
- 『鶏肋集・半生記』講談社文芸文庫 1990年8月 ISBN 4-06-196091-1
- 『静夜思』三笠書房 1936年 000000720735
- 『集金旅行』版画荘 1937年 000000717930 / 新潮文庫 1957年 000000971228 ・ 1969年 000001289637
- 『厄除け詩集』野田書房 1937年5月 NCID BN15276168 / 筑摩書房 1977年7月 000001350362 / 講談社文芸文庫 1994年4月 ISBN 4-06-196267-1 [41]
- 『ジョン萬次郎漂流記 風来漂民奇譚』河出書房 1937年 000000711027 / 文学界社 1947年 000001267724 / 角川文庫 1956年 000000946137 / 偕成社文庫 1999年11月 ISBN 4-03-652390-2
- 『山川草木』雄風館 1937年 000000716038
- 『火木土』版画荘文庫 1938年 000000730496
- 『さざなみ軍記』河出書房 1938年 000000715021 / 新学社文庫 1968年 000001288776 / 文芸選書 1983年1月 000001599798 / ほるぷ出版 1985年5月 000001764720
- 『集金旅行・さざなみ軍記』創元文庫 1951年 000000883105 / 角川文庫 1954年 000000923846
- 『さざなみ軍記・ジョン万次郎漂流記』新潮文庫 1986年9月 ISBN 4-10-103407-9
- 『陋巷の唄』春陽堂 1938年 000000719961
- 『川と谷間』創元社 1939年 000000709357
- 『禁札 小説集』竹村書房 1939年 000000711296
- 『蛍合戦』金星堂・新選随筆感想叢書 1939年 000000720089
- 『オロシヤ船』金星堂 1939年 000000720118
- 『多甚古村・駐在日誌』河出書房 1939年 000000725031 / 新潮文庫 1950年 000000861654 / 小学館文庫 2000年6月 ISBN 4-09-404106-0
- 『多甚古村』岩波文庫 1956年 000000953540 / 角川文庫 1957年 000000973870
- 『鸚鵡』河出書房 1940年 000000707461
- 『丹下氏邸 他四篇』新潮社・昭和名作選集 1940年 000000719139
- 『風俗 随筆集』モダン日本社 1940年 000000731998
- 『一路平安』今日の問題社 1940年9月 028670701
- 『シグレ島叙景』実業之日本社 1941年 000000691435
- 『おこまさん』輝文館 1941年6月 028670706
- 『星空』昭南書房 1942年 000000691428
- 『仲秋明月』地平社 1942年9月 NCID BA87173067 / 地平社 手帖文庫 1947年2月 NCID BA86776260
- 『花の町』文藝春秋 1943年 000000691427
- 『御神火』甲鳥書林 1944年 000000691426
- 『侘助』鎌倉文庫 1946年 000000691436
- 「経筒」「二つの話」
- 『追剥の話』昭森社 1947年 000000691432
- 『風貌姿勢 随筆』三島書房 1946年 000000688750
- 『まげもの』鎌倉文庫 1946年 000000691431
- 『山椒魚』新潮文庫 1948年1月 NCID BN12001185
- 『シビレ池のかも』野間仁根画 小山書店 1948年 000000810723
- 新編『しびれ池のカモ』初山滋絵 岩波少年文庫 1957年 000000819304
- 『山椒魚 しびれ池のカモ』岩波少年文庫 2000年11月 ISBN 4-00-114535-9
- 『貸間あり』鎌倉文庫 1948年 000000842321
- 『貸間あり・おこまさん』角川文庫 1959年 000000992433
- 『詩と随筆』河出書房 1948年 000000688752
- 『引越やつれ』六興出版部 1948年 000001003976 / 角川小説新書 1961年 000001023676
- 『試験監督』文藝春秋新社 1949年 000000859021
- 『掘り出しもの』創元社 1950年 000000872113
- 『本日休診』文藝春秋新社 1950年 000000868626 / 文芸春秋新社 1951年 000000879834
- 「遙拝隊長」など。
- 『遙拝隊長・本日休診』角川文庫 1953年 000000913140 / 新潮文庫 1955年 000000934227
- 『山椒魚・本日休診』講談社文庫 1971年 000001313426
- 『ジョン万次郎漂流記・本日休診』角川文庫 1979年5月 000001414758
- 『かきつばた』池田書店 1951年 000000884505
- 『遥拝隊長』改造社 1951年 000000875917
- 『山椒魚・遥拝隊長 他七篇』岩波文庫 1956年 000000943180
- 改版 岩波文庫 1969年 000001266942
- 『山椒魚・遥拝隊長 他七篇』岩波文庫 1956年 000000943180
- 『川釣り』岩波新書 1952年 000000888571 / 岩波文庫 1990年9月 ISBN 4-00-310772-1
- 『吉凶うらなひ』文藝春秋新社 1952年1月 NCID BN15672642
- 『乗合自動車』筑摩書房 1952年 000000891216
- 『点滴 随筆集』要書房 1953年 000000903241
- 『点滴・釣鐘の音』三浦哲郎編 講談社文芸文庫 1993年10月 ISBN 4-06-196242-6
- 『黒い壺』新潮社 1954年 000000928418
- 『片棒かつぎ』河出新書 1955年 000000957707
- 『在所言葉』修道社 1955年 000000933292
- 『ななかまど』新潮社 1955年 000000928112
- 『白鳥の歌』筑摩書房 1955年 000000943413
- 新編『白鳥の歌・貝の音』講談社文芸文庫 1992年2月 ISBN 4-06-196162-4
- 『漂民宇三郎』大日本雄弁会講談社 1956年 000000948604 / 講談社文芸文庫 1990年4月 ISBN 4-06-196074-1
- 『屋根の上のサワン 他八篇』角川文庫 1956年 000000958595
- 『源太が手紙』筑摩書房 1956年 000000956320
- 『駅前旅館』新潮社 1957年 000000970906 / 新潮文庫 1960年 000001016254 / 角川文庫 1965年 000001085119
- 『還暦の鯉』新潮社 1957年 000000965629 / 講談社文芸文庫 1992年10月 ISBN 4-06-196195-0
- 『七つの街道』文藝春秋新社 1957年 000000970918 / 新潮文庫 1964年 000001059463 / 中公文庫 2018年10月 ISBN 978-4-12-206648-9
- 『河鹿』筑摩書房 1958年 000000987160
- 『木靴の山』筑摩書房 1959年 000000992214
- 『珍品堂主人』中央公論社 1959年 000000992221 / 中央公論文庫 1961年 000001024052 / 角川文庫 1963年 000001045666 / 中公文庫 1977年7月 000001351547
- 増補新版 中公文庫 2018年1月 ISBN 978-4-12-206524-6
- 『釣師・釣場』新潮社 1960年 000001005526 / 新潮文庫 1964年 000001050442 / 講談社文芸文庫 2013年10月 ISBN 978-4-06-290208-3
- 『昨日の会』新潮社 1961年 000001017433
- 『取材旅行』新潮社 1961年 000001024523
- 『武州鉢形城』新潮社 1963年 000001041964
- 『無心状』新潮社 1963年 000001050705
- 『かきつばた・無心状』新潮文庫 1994年7月 ISBN 4-10-103410-9
- 『黒い雨』新潮社 1966年 000001083248 / 新潮文庫 1970年 000001292513 / 新潮社 1995年7月 ISBN 4-10-302610-3
- 『くるみが丘』文藝春秋 1966年 000001078180 / あかね書房 1967年 000000830008
- 『場面の効果』大和書房 1966年 000001083316
- 新装改訂版 大和書房 2012年4月 ISBN 978-4-479-88040-0
- 『風貌・姿勢』講談社 1967年 000001099390 / 新編・講談社文芸文庫 1995年6月 ISBN 4-06-196324-4
- 『釣人』新潮社 1970年 000001257362
- 『早稲田の森』新潮社 1971年 000001263333
- 「半世記-私の履歴書」ほか
- 『人と人影』毎日新聞社 現代日本のエッセイ 1972年 000001264540 / 新編・講談社文芸文庫 1990年2月 ISBN 4-06-196066-0
- 『小黒坂の猪』筑摩書房 1974年 000001266356
- 『スガレ追ひ』筑摩書房 1977年3月 000001352530
- 『軍歌「戦友」』集英社文庫 1977年7月 000001351052
- 新編『花の町・軍歌「戦友」』講談社文芸文庫 1996年2月 ISBN 4-06-196356-2
- 『海揚り』新潮社 1981年10月 000001527278
- 『荻窪風土記』新潮社 1982年11月 000001590300 / 新潮文庫 1987年4月 ISBN 4-10-103408-7
- (改版2014年)
- 『焼物雑記』文化出版局 1985年1月 000001724893
- 『鞆ノ津茶会記』福武書店 1986年3月 ISBN 4-8288-2188-0 / 福武文庫 1989年1月 ISBN 4-8288-3094-4 / 講談社文芸文庫 2011年12月 ISBN 978-4-06-290144-4
- 『岳麓点描』彌生書房 1986年4月 000001795109
- 『太宰治』筑摩書房 1989年11月 ISBN 4-480-82273-9 / 中公文庫 2018年7月 ISBN 978-4-12-206607-6
- 『晩春の旅・山の宿』講談社文芸文庫 1990年10月 ISBN 4-06-196098-9
- 『文士の風貌』福武書店 1991年4月 ISBN 4-8288-2380-8 / 福武文庫 1993年6月 ISBN 4-8288-3272-6
- 『たらちね』筑摩書房 1992年5月 ISBN 4-480-81306-3
- 『神屋宗湛の残した日記』講談社 1995年6月 ISBN 4-06-207698-5 / 講談社文芸文庫 2010年2月 ISBN 978-4-06-290076-8
- 『徴用中のこと』講談社 1996年7月 ISBN 4-06-208268-3 / 中公文庫 2005年8月 ISBN 4-12-204570-3
- 『文人の流儀』角川春樹事務所 ランティエ叢書 1997年9月 ISBN 4-89456-083-6
- 『かるさん屋敷』毎日新聞社 1999年10月 ISBN 4-620-51043-2
全集・作品集
- 『井伏鱒二随筆全集』春陽堂書店 1941年 - 1942年 全3巻
- 1巻 1941年3月 NCID BA4480754X
- 2巻 1941年10月 NCID BA48223460
- 3巻 1942年2月 NCID BB13971207
- 『新日本文学全集 第10巻』改造社 1942年 000000703904
- 『井伏鱒二選集』筑摩書房 1948年 - 1949年 全9巻
- 『屋根の上のサワン』1948年 000000944858
- 『悪い仲間』1948年 000000944858
- 『鶏肋集』1948年 000000944859
- 『円心の行状』1948年 000000944860
- 『多甚古村』1948年 000000944861
- 『架空動物譜』1949年2月 NCID BN15772330
- 『牡丹の花』1949年7月 NCID BA33327258
- 『山峡風物誌』1949年4月 NCID BN15772512
- 『白毛』1949年 000000944857
- 『井伏鱒二集』新潮社 1950年 000000869199
- 『井伏鱒二作品集』創元社 1953年 全5巻
- 1巻 1953年 000000970863
- 2巻 1953年 000000970864
- 3巻 1953年 000000970865
- 4巻 1953年 000000970866
- 5巻 1953年 000000970867
- 『現代日本文学全集 41』筑摩書房 1953年 000000981352
- 『新選現代日本文学全集 1』筑摩書房 1958年 000000928446
- 『少年少女日本文学名作全集 23』東西五月社 1960年 000000829878
- 『角川版昭和文学全集 16』角川書店 1962年 000000927367
- 『井伏鱒二全集』筑摩書房 1964年 - 1975年 全14巻
- 1巻 1964年 000000971141
- 増補版 1974年 000001248070
- 2巻 1964年 000000971142
- 増補版 1974年 000001248071
- 3巻 1964年 000000971143
- 増補版 1974年 000001248072
- 4巻 1965年 000000971144
- 増補版 1974年 000001248073
- 5巻 1965年 000000971145
- 増補版 1974年 000001248074
- 6巻 1965年 000000971146
- 増補版 1974年 000001248075
- 7巻 1965年 000000971147
- 増補版 1975年 000001248076
- 8巻 1965年 000000971148
- 増補版 1974年 000001263685
- 9巻 1964年 000000971149
- 増補版 1974年 000001248077
- 10巻 1965年 000000971150
- 増補版 1974年 000001248078
- 11巻 1965年 000000971151
- 増補版 1974年 000001248079
- 12巻 1965年 000000971152
- 増補版 1975年 000001248080
- 13巻 1975年 000001248081
- 14巻 1975年 000001248082
- 1巻 1964年 000000971141
- 『現代の文学 6』河出書房新社 1965年 000000979437
- 『現代文学大系 43』筑摩書房 1966年 000000982434
- 『日本の文学 53』中央公論社 1966年 000000955146
- 『日本文学全集 19』河出書房新社 1967年 000000933755
- 『日本文学全集 41』集英社 1967年 000000980433
- 『筑摩現代文学大系 44』筑摩書房 1976年 000001252433
- 『井伏鱒二集』筑摩書房 1977年1月 000009319153
- 『現代の随想17 井伏鱒二』小沼丹編 彌生書房 1982年7月 000001569255
- 『井伏鱒二自選全集』新潮社 1985年 - 1986年 全12巻+補巻1冊
- 1巻 1985年10月 ISBN 4-10-644601-4
- 2巻 1985年11月 ISBN 4-10-644602-2
- 3巻 1985年12月 ISBN 4-10-644603-0
- 4巻 1986年1月 ISBN 4-10-644604-9
- 5巻 1986年2月 ISBN 4-10-644605-7
- 6巻 1986年3月 ISBN 4-10-644606-5
- 7巻 1986年4月 ISBN 4-10-644607-3
- 8巻 1986年5月 ISBN 4-10-644608-1
- 9巻 1986年6月 ISBN 4-10-644609-X
- 10巻 1986年7月 ISBN 4-10-644610-3
- 11巻 1986年8月 ISBN 4-10-644611-1
- 12巻 1986年9月 ISBN 4-10-644612-X
- 補巻 1986年10月 ISBN 4-10-644613-8
- 『井伏鱒二全集』(1は資料ほか、2は総目次・目録・書誌ほか) 筑摩書房 1996年 - 2000年 全28巻+別巻2冊(決定版「全集」[42]で、井伏自身は、生前刊の「全集」で、半分以上の作品を割愛していた。)
- 1巻 1996年11月 ISBN 4-480-70331-4
- 2巻 1997年2月 ISBN 4-480-70332-2
- 3巻 1997年5月 ISBN 4-480-70333-0
- 4巻 1996年12月 ISBN 4-480-70334-9
- 5巻 1997年3月 ISBN 4-480-70335-7
- 6巻 1997年6月 ISBN 4-480-70336-5
- 7巻 1997年1月 ISBN 4-480-70337-3
- 8巻 1997年4月 ISBN 4-480-70338-1
- 9巻 1997年7月 ISBN 4-480-70339-X
- 10巻 1997年8月 ISBN 4-480-70340-3
- 11巻 1998年8月 ISBN 4-480-70341-1
- 12巻 1998年11月 ISBN 4-480-70342-X
- 13巻 1998年9月 ISBN 4-480-70343-8
- 14巻 1998年6月 ISBN 4-480-70344-6
- 15巻 1998年3月 ISBN 4-480-70345-4
- 16巻 1998年4月 ISBN 4-480-70346-2
- 17巻 1997年10月 ISBN 4-480-70347-0
- 18巻 1998年1月 ISBN 4-480-70348-9
- 19巻 1997年11月 ISBN 4-480-70349-7
- 20巻 1998年2月 ISBN 4-480-70350-0
- 21巻 1998年5月 ISBN 4-480-70351-9
- 22巻 1997年9月 ISBN 4-480-70352-7
- 23巻 1998年12月 ISBN 4-480-70353-5
- 24巻 1997年12月 ISBN 4-480-70354-3
- 25巻 1998年7月 ISBN 4-480-70355-1
- 26巻 1998年10月 ISBN 4-480-70356-X
- 27巻 1999年1月 ISBN 4-480-70357-8
- 28巻 1999年2月 ISBN 4-480-70358-6
- 別巻1 1999年9月 ISBN 4-480-70359-4
- 別巻2 2000年3月 ISBN 4-480-70360-8
- 『作家の自伝94 井伏鱒二 鶏肋集/早稲田の森』紅野敏郎編・解説 日本図書センター 1999年4月 ISBN 4-8205-9539-3
- 『井伏鱒二画集』筑摩書房 2002年3月 ISBN 4-480-87333-3 ※作品130点
- 『井伏鱒二全詩集』岩波文庫 2004年7月 ISBN 4-00-310774-8
- 『井伏鱒二文集』東郷克美[43]・寺横武夫編 ちくま文庫 2004年 全4巻
- 『思い出の人々』2004年9月 ISBN 4-480-03981-3
- 『旅の出会い』2004年10月 ISBN 4-480-03982-1
- 『釣の楽しみ』2004年11月 ISBN 4-480-03983-X
- 『歴史に遊ぶ』2004年12月 ISBN 4-480-03984-8
- 『井伏鱒二未公開書簡集 ある級友への手紙』和泉書院 2023年2月 ISBN 978-4-7576-1053-8
- 『広島風土記』中公文庫 2023年6月 ISBN 978-4-12-207375-3
- 『井伏鱒二ベスト・エッセイ』野崎歓編 ちくま文庫 2025年10月 ISBN 978-4-480-44054-9
共編著
- 『マライの土 作家部隊随筆集』海音寺潮五郎共編 新紀元社 1943年 000000662229
- 『私たちのある限り』寺崎浩共著 大東亞出版 1944年7月 000011073264
- 『瀬戸うちの人びと』中村由信写真 社会思想社 1965年 000001074715
- 『井伏鱒二随聞』河盛好蔵 新潮社 1986年
- 『トートーという犬』白根美代子絵 牧羊社 1988年4月 ISBN 4-8333-0099-0
- 『井伏鱒二対談集』新潮社 1993年4月 ISBN 4-10-302609-X / 新潮文庫 1996年8月 ISBN 4-10-103411-7
- 『井伏鱒二対談選』講談社文芸文庫 2000年4月 ISBN 4-06-198206-0
- 『井伏鱒二全対談』前田貞昭編 筑摩書房 2001年3月 上巻 ISBN 4-480-81426-4 ・ 2001年4月 下巻 ISBN 4-480-81427-2
- 『井伏鱒二・飯田龍太往復書簡』山梨県立文学館編 角川学芸出版 2010年8月 ISBN 978-4-04-653202-2
翻訳
- ズウデルマン『父の罪』聚芳閣 1924年 000000594673
- ヒュー・ロフティング『ドリトル先生アフリカ行』フタバ書院 1941年 000000814651 / 光文社 1946年 000000814652
- ヒュー・ロフティング『ドリトル先生「アフリカ行き」』白林少年館出版部 1941年 000000789435
- ヒュー・ロフティング「ドリトル先生」シリーズ 岩波少年文庫
- 『ドリトル先生アフリカゆき』1951年 000000819177 ・ 1978年7月 000001383758
- 新版 2000年6月 ISBN 4-00-114021-7
- 『ドリトル先生航海記』1952年 000000821729 ・ 1960年 000000819346 ・ 1978年9月 000001389633
- 新版 2000年6月 ISBN 4-00-114022-5
- 『ドリトル先生のサーカス』1952年1月 024517502 ・ 1978年11月 000001398255
- 新版 2000年6月 ISBN 4-00-114024-1
- 『ドリトル先生の郵便局』1952年 000000819201 ・ 1978年11月 000001398256
- 新版 2000年6月 ISBN 4-00-114023-3
- 『ドリトル先生のキャラバン』1953年 000000819223
- 改版 1979年7月 000001420381
- 新版 2000年6月 ISBN 4-00-114026-8
- 『ドリトル先生月へゆく』1955年12月 024205717
- 改版 1979年9月 000001433901
- 新版 2000年11月 ISBN 4-00-114028-4
- 『ドリトル先生の動物園』1979年2月 000001406203
- 新版 2000年6月 ISBN 4-00-114025-X
- 『ドリトル先生月から帰る』1979年9月 000001433902
- 新版 2000年11月 ISBN 4-00-114029-2
- 『ドリトル先生と月からの使い』1979年9月 000001433903
- 新版 2000年11月 ISBN 4-00-114027-6
- 『ドリトル先生と秘密の湖』1979年10月 上巻・下巻 000001439138
- 新版 2000年11月 上巻 ISBN 4-00-114030-6 ・ 下巻 ISBN 4-00-114031-4
- 『ドリトル先生と緑のカナリア』1979年10月 000001439139
- 新版 2000年11月 ISBN 4-00-114032-2
- 『ドリトル先生の楽しい家』1979年10月 000001439140
- 新版 2000年11月 ISBN 4-00-114033-0
- 『ドリトル先生アフリカゆき』1951年 000000819177 ・ 1978年7月 000001383758
- 『日本国民文学全集 第9巻』河出書房新社 1958年 000000982838
- 「保元物語」「平治物語」収録
- ヒュー・ロフティング『ドリトル先生物語全集』岩波書店 愛蔵版
- 『ドリトル先生アフリカゆき』1961年 000000830715
- 改版 1978年8月 000008386046
- 『ドリトル先生航海記』1961年 000000830716
- 改版 1978年9月 000008386039
- 『ドリトル先生の郵便局』1962年 000000830717
- 改版 1978年6月 000008386059
- 『ドリトル先生のサーカス』1962年 000000830718
- 改版 1978年5月 000008386055
- 『ドリトル先生の動物園』1961年 000000830719
- 改版 1978年11月 000008386051
- 『ドリトル先生のキャラバン』1962年 000000830720
- 改版 1978年10月 000008386062
- 『ドリトル先生と月からの使い』1962年 000000830721
- 改版 1979年8月 000008386047
- 『ドリトル先生月へゆく』1962年 000000830722
- 改版 1978年11月 000008386049
- 『ドリトル先生月から帰る』1962年 000000830723
- 改版 1979年6月 000008386070
- 『ドリトル先生と秘密の湖』1961年 000000830724
- 改版 1979年1月
- 『ドリトル先生と緑のカナリア』1961年 000000830725
- 改版 1979年3月 000008386067
- 『ドリトル先生の楽しい家』1962年 000000830726
- 改版 1979年5月 000008386064
- 『ドリトル先生アフリカゆき』1961年 000000830715
- ヒュー・ロフティング『ドリトル先生航海記』講談社文庫 1979年1月 000001402580
翻案
- 『ロビンソン漂流記』デフォー原作 鶴書房 1953年 000000820132
アンソロジー
- 『わが小説修業』厚生閣 1939年 000000732049 「「さざなみ軍記」の生れるまで」「僕の同人雜誌時代」収録
- 『京都襍記』矢貴書店 1943年 000000668657 「廣隆寺と繪と宿」収録
- 『創作代表選集 第24巻』講談社 1959年 000000967573 「月日へのブレーキ」収録
外国語への翻訳作品
井伏鱒二の作品で外国語に翻訳されているのは次の通り[44][45]。
- 『朽助のいる谷間』:英語、チェコ語
- 『黒い雨』:イタリア語、ウズベク語、ウルドゥー語、英語、オランダ語、韓国語、スウェーデン語、スペイン語、セルビア語、チェコ語、中国語、ドイツ語、ノルウェー語、ハンガリー語、フィンランド語、フランス語、ブルガリア語、ポーランド語、ポルトガル語、マレー語、ロシア語
- 『鯉』:英語、チェコ語、ドイツ語、フランス語
- 『さざなみ軍記』:英語、チェコ語
- 『山椒魚』:イタリア語、英語、エスペラント語、オランダ語、チェコ語、ドイツ語、ハンガリー語、フランス語、ポルトガル語、マレー語
- 『集金旅行』:フランス語
- 『ジョン万次郎漂流記』:英語、チェコ語
- 『多甚古村』:英語、チェコ語、ドイツ語
- 『丹下氏邸』:英語、チェコ語、ドイツ語
- 『乗合自動車』:英語、チェコ語、ドイツ語、ポーランド語、ロシア語
- 『白鳥の歌』:英語
- 『本日休診』:英語、チェコ語、ドイツ語、フランス語
- 『屋根の上のサワン』:英語、韓国語、チェコ語、ドイツ語、フランス語
- 『夜ふけと梅の花』:英語、チェコ語、ドイツ語、フランス語
- 『侘助』:英語、チェコ語
メディアミックス
映画
- 多甚古村(1940年、東宝映画、今井正監督)[46]
- 簪(1941年、松竹、清水宏監督)[47] - 原作「四つの湯槽」
- 秀子の車掌さん(1941年、南旺映画、成瀬巳喜男監督)[48]
- 本日休診(1952年、松竹、渋谷実監督)[49]
- 東京の空の下には(1955年、日活、蛭川伊勢夫監督)[50]
- 集金旅行(1957年、松竹大船、中村登監督)[51]
- 喜劇 駅前旅館(1958年、東宝、豊田四郎監督)[52]
- 貸間あり(1959年、東宝、川島雄三監督)[53]
- 珍品堂主人(1960年、東宝、豊田四郎監督)[54]
- 風流温泉 番頭日記(1962年、東宝、青柳信雄監督)[55]
- 黒い雨(1989年、東映、今村昌平監督)[56]
ラジオ
その他
関連文献
- 萩原得司『井伏鱒二聞き書き』潮出版社 1985年4月 000001736769 / 青弓社 1994年4月 ISBN 4-7872-9095-9
- 嘉瀬井整夫『釣師井伏鱒二』林道舎 1989年8月 ISBN 4-947632-32-1
- 小沼丹『清水町先生』 筑摩書房、1992年3月 ISBN 4-480-82295-X / 増補・ちくま文庫 1997年6月 ISBN 4-480-03269-X
- 嘉瀬井整夫『旅人井伏鱒二』林道舎 1993年11月 ISBN 4-947632-45-3
- 河盛好蔵編『井伏さんの横顔』彌生書房 1993年9月 ISBN 4-8415-0677-2 回想文集26篇
- 川島勝『井伏鱒二 サヨナラダケガ人生』文藝春秋 1994年9月 ISBN 4-16-349220-8 / 文春文庫 1997年8月 ISBN 4-16-748703-9 編集担当者
- 村上護『阿佐ヶ谷文士村』春陽堂書店 1994年4月 ISBN 4-394-90130-8
- 相馬正一『井伏鱒二の軌跡』津軽書店 1995年6月 ISBN 4-8066-0145-4
- 東郷克美・寺横武夫編『昭和作家のクロノトポス 井伏鱒二』双文社出版 1996年6月 ISBN 4-88164-381-9
- 松本武夫『井伏鱒二 年譜考』新典社 1999年12月 ISBN 4-7879-2708-6
- 飯田龍太『尊魚堂主人 井伏さんを偲ぶ』筑摩書房 2000年7月 ISBN 4-480-81424-8 追悼回想43篇
- 藤谷千恵子『井伏先生の書斎』求龍堂 2004年2月 ISBN 4-7630-0406-9
- 三浦哲郎『師・井伏鱒二の思い出』新潮社 2010年12月 ISBN 978-4-10-320921-8
- 相馬正一『続 井伏鱒二の軌跡』津軽書房 1996年11月 ISBN 4-8066-0160-8
- 改訂版 2011年3月 ISBN 978-4-8066-0218-7
- 小沼丹『井伏さんの将棋』 幻戯書房 2018年12月 ISBN 978-4-86488-158-6
- 滝口明祥『井伏鱒二 ハナニアラシノタトヘモアルゾ』ミネルヴァ書房<ミネルヴァ日本評伝選> 2024年8月 ISBN 978-4-623-09773-9