多賀章仁
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高校は京都府の強豪・平安高校に進学。在校中は一塁手兼捕手でプレー[1]。高校時代は3年間はチームが低迷し、監督が三回も交代している[1]。在校中の全国大会はなかった。高校の一学年後輩に龍谷大平安高校で監督を務める、原田英彦がいる。
平安高校を卒業後は、龍谷大学に進学[2]。野球を続けるが、4年次より指導者を志すようになる。
大学卒業後の1982年からは教員免許取得のため、聴講生として、大学に残るとともに龍谷大学のコーチも務める[2]。1983年からは近江高校に社会科教諭として赴任し、野球部のコーチに就任する[2]。野球部部長を経て、1989年に監督に就任[2]。1992年夏には監督として、甲子園大会に初出場。2001年夏と2022年春には、滋賀県勢最高成績の準優勝に導いている。2002年からは近江高校の副校長に就任し、野球部の指導と学校運営の両立を図っている[1]。
2025年3月31日付で定年に伴い近江高校野球部の監督を退任[3][4]。同年4月1日付で野球部の総監督に就任し、チームに残る[5]。