大分市立荷揚町小学校
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| 大分市立荷揚町小学校 | |
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北緯33度14分26秒 東経131度36分29秒 / 北緯33.240683度 東経131.608103度座標: 北緯33度14分26秒 東経131度36分29秒 / 北緯33.240683度 東経131.608103度 | |
| 過去の名称 |
大分小校 府内学校 大分小学校 大分郡大分女子尋常高等小学校 大分市荷揚町尋常高等小学校 大分市立荷揚町国民学校 |
| 国公私立の別 | 公立学校 |
| 設置者 | 大分市 |
| 設立年月日 | 1874年 |
| 閉校年月日 | 2017年3月31日 |
| 共学・別学 | 男女共学 |
| 学期 | 3学期制 |
| 所在地 |
〒870-0046 大分県大分市荷揚町3番49号 |
| 外部リンク | 公式サイト |
沿革
- 1871年(明治4年) - 府内藩の藩校であった遊焉館が廃藩置県と共に遊焉館学校となる[3]。
- 1872年(明治5年) - 荷揚町の浄安寺を仮校舎として大分小校が発足[注 1]。
- 1874年(明治7年) - 学制により本格的小学校として発足。府内藩の藩校であった遊焉館跡に校舎を置き[注 1]、名前を府内学校とする。
- 1875年(明治8年) - 町村分合、改称により校名を大分小学校とする。
- 1887年(明治20年) - 現在地に校舎が建てられる。
- 1892年(明治25年)- 附属幼稚園(現大分幼稚園)を併設施設として開園。
- 1908年(明治41年) - 小学校令により女子校となり、大分郡大分女子尋常高等小学校と改名する。
- 1924年(大正13年) - 大分市荷揚町尋常高等小学校となる。
- 1930年(昭和5年) - 高等科は金池町に移り、尋常科だけになる。
- 1941年(昭和16年) - 大分市立荷揚町国民学校となる。
- 1942年(昭和17年)- 大分市で初めての学校給食(おかずのみ、希望者のみ)が実施される[5]。
- 1951年(昭和26年) - 大分市立荷揚町小学校となる。
- 1955年(昭和30年)6月 - 鉄筋コンクリート構造の新校舎が竣工。
- 1957年(昭和32年)4月7日 - 昭和天皇、香淳皇后が行幸啓(全国植樹祭出席に伴う市内視察の一環)[6]。
- 2017年(平成29年)
統合
少子化の影響や元々住宅地が少ないといった要因から、生徒数が減少傾向にあったため、学校の小規模化に伴い校区の再編成や、同じ大分市立碩田中学校区内にある大分市立中島小学校、大分市立住吉小学校との統廃合が検討された。全国的に少人数学級を推進する動きなどを受け、2005年の時点で協議を一旦終結したが[9]、2012年3月に策定された「大分市立小中学校適正配置基本計画」では、本校、中島小学校、住吉小学校を統合して新設校を建設するとともに、碩田中学校との小中一貫教育の充実を図るという方向性が示された[10]。
2014年2月25日には、大分市教育委員会が、本校、中島小学校、住吉小学校を統合して、碩田中学校と隣接する住吉小学校の校地に、2017年4月に施設一体型小中一貫校を開校することを決定[11]。2016年6月には、この新設校の種類を大分県初の義務教育学校とすること、校名を大分市立碩田学園とすることが決定された[12]。この統合によって、本校は2017年3月に閉校し、4月に大分市立碩田学園が開校した。
