大木戸
街道上の江戸内外の境界に設置された簡易な関所
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江戸の大木戸
名古屋の大木戸

名古屋へ入る街道筋に設けられた大木戸の場所は次のとおり。[2][3]
- 熱田道の橘町
- 美濃街道の樽屋町
- これは樽屋町の西の端、押切村内、
巾下白壁町 が南下して樽屋町に出会う角にあった(『尾府全図』『金鱗九十九之塵』より)。美濃路は枇杷島、起(現・愛知県一宮市)、墨俣・大垣(現・岐阜県)を経て中山道垂井宿(現・岐阜県不破郡垂井町)へ通じる。樽屋町には大木戸という地名があった(現在の西区押切町・花の木一丁目)[4]。
名古屋の大木戸は『古渡村絵図』『享元絵巻』『尾張名所図会』『絵本上雲雀』などに描かれている。[2]
名古屋の大木戸は1872年(明治5年)に取り壊された。
