大村平
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名古屋陸軍幼年学校に入校し2年時に終戦を迎えた。在学中はパイロットを目指していた[1]。終戦後は旧制・東京高校を経て東京工業大学に進学[1]。大学では機械工学を専攻し卒業後は製糸会社に勤めるが、仕事として今ひとつ物足りない感じを受け、1956年(昭和31年)に公募幹部(3等空尉)として航空自衛隊に入隊[1]。
入隊後は防府基地で1か月の入隊教育を受けたのち、浜松基地の実験航空隊に配属された[1]。その後、整備幹部の教育を受けて宇都宮基地へ派遣され、当時開発中のT-1練習機の整備の勉強と、その傍ら試験飛行にも携わる。当時のテストパイロットは戦中派の高岡迪や日高盛康で後席で機上計測を100回ほど実施した[1]。1960年(昭和35年)から2年間、東工大大学院に入り、歯車精度測定法の研究に務めた[1]。空自復帰後は技術研究本部に配属され、技術幹部として装備の研究開発に関わり、ジェットエンジンの設計やブルーインパルスのカラースモークの研究にも携わる[1]。その後も技術畑で勤務し、航空幕僚監部、航空実験団でT-2練習機及びF-1戦闘機の開発にも携わった[1]。1984年(昭和59年)には技術幹部として初の航空方面隊司令官となる[1]。その後、航空幕僚副長を経て、1986年(昭和61年)2月から1987年(昭和62年)12月まで空幕長を務めた。
年譜
- 1944年(昭和19年)4月1日:名古屋陸軍幼年学校(第48期)に入校
- 1945年(昭和20年)8月27日:終戦により幼年学校が解散
- 1953年(昭和28年)3月:東京工業大学機械工学科卒業
- 1956年(昭和31年)9月:公募幹部として航空自衛隊入隊(3等空尉)
- 1967年(昭和42年)8月:航空幕僚監部技術部技術第1課勤務
- 1974年(昭和49年)10月:航空実験団司令部計画部長
- 1975年(昭和50年)
- 7月1日:1等空佐昇任
- 12月1日:航空幕僚監部技術部技術第1課計画班長
- 1977年(昭和52年)8月1日:航空幕僚監部技術部技術第1課長
- 1979年(昭和54年)7月1日:航空実験団副司令
- 1980年(昭和55年)
- 10月1日:空将補昇任
- 12月5日:航空幕僚監部技術部長
- 1983年(昭和58年)
- 2月28日:航空実験団司令
- 5月16日:空将昇任
- 1984年(昭和59年)3月2日:西部航空方面隊司令官
- 1985年(昭和60年)3月16日:航空幕僚副長
- 1986年(昭和61年)2月6日:第18代 航空幕僚長
- 1987年(昭和62年)12月11日:退官
- 2001年(平成13年)11月3日:勲二等瑞宝章受章[4][5]