大村純英
From Wikipedia, the free encyclopedia
大村武純(大村藩11代藩主大村純顕三男、男爵)の長男として生まれ、大村純雄の養子となった。純雄は純顕の弟で12代藩主であった大村純熈の婿養子[1]であり、純雄の夫人と純英の父が従兄妹という関係になる。なお、武純の男爵家は純英の妹・常子の婿で、純雄と同じく島津家出身(共に純雄のまたいとこにあたる島津珍彦と夫人典子の次男)の大村純久が継いだ。
純英は1894年(明治27年)に陸軍士官学校(5期)を卒業し、1918年(大正7年)7月に大佐となり、大村にあった歩兵第46連隊の連隊長となった。1923年(大正12年)8月、陸軍少将に昇進し、歩兵第23旅団長を1年間務めた。1924年(大正13年)8月に予備役編入された。
1927年(昭和2年)10月、養父純雄の隠居により襲爵したが、養父より1年前に死去している。墓所は青山墓地。家督は子の大村純毅が継いだ。
