大沢知宏

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フルネーム おおさわ ともひろ
ラテン文字 Tomohiro Osawa
国籍 日本の旗 日本
大沢 知宏
選手情報
フルネーム おおさわ ともひろ
ラテン文字 Tomohiro Osawa
国籍 日本の旗 日本
競技 陸上競技 (短距離走)
種目 100m, 200m
大学 早稲田大学
生年月日 (1969-04-02) 1969年4月2日
出身地 埼玉県
没年月日 (2016-04-06) 2016年4月6日(47歳没)
死没地 東京都豊島区
成績
国内大会決勝 日本選手権
100m 2位 (1988年)
自己ベスト
100m 10秒44 (1987年)
獲得メダル
陸上競技
日本の旗 日本
アジアジュニア選手権
1986 ジャカルタ4x100mR
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大沢 知宏(おおさわ ともひろ、1969年4月2日 - 2016年4月6日)は、埼玉県出身の元陸上競技選手・元陸上競技指導者。1988年ソウルオリンピック日本代表

中学時代は野球部に所属。松山高等学校入学後に陸上に転向した[1]

高校2年時にインターハイ男子100mで3位。3年時のインターハイ男子100mでは、ディフェンディングチャンピオンの名倉雅弥、高校生ながら男子100mの日本記録手動計時)を樹立していた中道貴之を抑えて優勝した。更にアンカーを務めた男子4×100mリレーも優勝に貢献し、男子100mとの大会2冠を達成。総合優勝に貢献し、最優秀選手賞に選出された[1]

早稲田大学時代には、1年時の1988年に日本選手権男子100mで2位に入り、ソウルオリンピック日本代表に選出[1]。大会では男子100mに出場を果たしたが、1次予選で敗退した。

大学で競技生活を終了し、卒業後は一般企業に勤めたが、週末には母校の早稲田大学で陸上競技部短距離コーチを務めた。コーチ退任後は家業の牛乳製造販売に専念した[1]

2016年の年明けから体調を崩すと、膵臓癌と判明してから2ヶ月も経たず、2016年4月6日に東京都豊島区の病院で亡くなった。47歳没[1][2]

主要大会成績

  • 備考欄の記録は当時のもの

国際大会

大会 場所 種目 結果 記録 備考 脚注
1986 アジアジュニア選手権 インドネシアの旗 ジャカルタ 4x100mR 2位 40秒46 (1走) [3]
1988 第24回オリンピック 大韓民国の旗 ソウル 100m 1次予選 10秒71 (+1.4) [4]
1991 第16回ユニバーシアード イギリスの旗 シェフィールド 100m 2次予選 10秒68 (+1.6)
4x100mR 予選 40秒69 (2走)

日本選手権

  • 1988年までは6位以内、1989年以降は8位以内の成績を収めた大会を記載
大会 種目 結果 記録 備考 脚注
1988 第72回日本選手権 100m 2位 10秒60 (-1.0) [5]
1991 第75回日本選手権 100m 8位 10秒58 (0.0)

獲得タイトル

  • 優勝した主要大会を記載
大会 種目 記録 備考 脚注
1987 第30回全日本ジュニア選抜 100m 10秒87 (-1.9) [6]
200m 21秒39 (-2.6)
第40回インターハイ 100m 10秒90 (-3.1)
4x100mR 41秒01 (4走)
第42回国民体育大会 100m 10秒19 (+2.7) 少年A

日本ランキング

脚注

外部リンク

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