柴田博之 (陸上選手)
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城陽市立城陽中学校[1]時代に陸上競技に出会い[4]、走高跳の選手として活躍。洛南高等学校進学後は走幅跳に転向し、インターハイ2位の実績を残す。
天理大学に進学し、4年生時に全日本インカレで優勝。卒業後は母校・洛南高等学校の教員になりながら、現役を続行。1988年の日本選手権で初優勝し、同年のソウルオリンピックの男子走幅跳の日本代表に選出された。
1992年に選手を引退し、以降、洛南高等学校陸上部での指導に専念している[1][2]。柴田が監督を務める陸上部は、2012年から幾度もインターハイ総合優勝を飾っており、同校は陸上の名門校として知られている[5]。柴田自身はスプリントの選手育成で名を馳せており[6]、教え子に、日本人初の100m走9秒台を記録した桐生祥秀らがいる[7]。