臼井淳一
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| 獲得メダル | ||
|---|---|---|
| 陸上競技 | ||
| アジア大会 | ||
| 銀 | 1978 バンコク | 4×100mR |
| 金 | 1978 バンコク | 4×100mR |
| 銀 | 1978 バンコク | 走幅跳 |
| 銀 | 1982 ニューデリー | 4×100mR |
| 金 | 1982 ニューデリー | 4×100mR |
| 銀 | 1982 ニューデリー | 走幅跳 |
| 銀 | 1986 ソウル | 走幅跳 |
| アジア選手権 | ||
| 金 | 1979 東京 | 4×100mR |
| 金 | 1979 東京 | 走幅跳 |
| 銀 | 1981 東京 | 走幅跳 |
| 銅 | 1985 ジャカルタ | 走幅跳 |
臼井 淳一(うすい じゅんいち、1957年10月5日 - )は、日本の男性陸上競技選手。専門は走幅跳で、元日本記録保持者。1984年ロサンゼルスオリンピック・1988年ソウルオリンピックに代表選手として出場し、ロサンゼルスオリンピックでは7位に入賞した。
神奈川県出身。相模台工業高校、順天堂大学からデサントに進む。
相模台工業高校時代1年時の1973年全国IH三重大会にて走高跳1m98の記録で3位入賞。1974年の2年時久留米大会にて5種競技で5位入賞(11.5秒11.10m15.6秒1.88m50.3秒=3556点)。1975年3年時の東京大会にて400m2位(48.22秒の高校タイ)、走り幅跳3位(7.51m)、三段跳で優勝(15.64m)と3種目に3位以内入賞する大活躍を見せた。(因みに惜しくも2位となった400mでは当時の天才スプリンター・長尾隆史(岡山工~筑波大学)が47.31秒の高校新記録を樹立し優勝した。)1年時から3年時まで全国IHにて走り高跳,5種競技、400m、走り幅跳と多種目に亘って入賞した選手はこの臼井淳一を除いて現れたことはない。まさに陸上競技の申し子的存在[1]。
順天堂大学時代の1977年スポニチ国際陸上競技大会で走幅跳8m08(追い風参考)の記録で優勝。1978年、アジア競技大会で2位に入賞。
1979年、アジア陸上競技選手権大会に7m97の記録で優勝。その約1ヶ月後の7月6日、山田宏臣の記録を9年ぶりに更新する8m10の日本新記録を樹立し、山田に次ぐ日本人2人目の「8mジャンパー」となった。同年9月にはユニバーシアードメキシコ大会で8m05で2位に入賞した。翌1980年には日本が不参加となったモスクワオリンピックの代表に選ばれている。
1984年のロサンゼルスオリンピックで初めてオリンピック出場を果たす。この大会では7m87を跳んで7位に入賞し、日本選手としては1936年ベルリンオリンピックで銅メダルを獲得した田島直人以来の入賞者となった。
この間、アジア競技大会では1982年ニューデリー大会で3位、1986年ソウル大会で2位に入賞している。
1988年のソウルオリンピックでは予選落ちに終わり、これを最後に現役を引退した。引退までに所属は、デサントから埼玉栄クラブ、日本エアロビクスCへと変わっている。