大船町 (八王子市)
From Wikipedia, the free encyclopedia
歴史
『新編武蔵風土記稿』によればこの地に当時建てられていた寺院はすべて中世の創建であり[6]、中世には既にヒトが居住していたことがうかがえる[5]。江戸時代には多摩郡柚木領に属する大船村となった[5]。江戸時代初期は江戸幕府の直轄領である天領であり、宝永年間に旗本建部氏の知行となった[5]。『武蔵田園簿』による村高は53石余、元禄郷帳・天保郷帳による村高はいずれも115石余[5]。『新編武蔵風土記稿』で民家46軒[6]。水田と陸田はほぼ等分であり、『新編武蔵風土記稿』によればたびたび旱害に見舞われたとされる[5][6]。当時は南から上・中・下の小名が称されていた[5][注釈 1]。明治元年(1868年)には神奈川県多摩郡大船村となり、1878年(明治11年)には神奈川県南多摩郡大船村となった[5]。1889年(明治22年)には町村制の施行により大船村は新設された横山村の大字大船となった[5]。1955年(昭和30年)横山村の八王子市への編入により八王子市の大字大船となり、翌1956年(昭和31年)10月1日現行の八王子市大船町となった[5]。
地名の由来
『新編武蔵風土記稿』によれば「昔片倉村に大江備中守師親が居城ありし頃、この辺はなべて沼なれば、便宜のために舟橋を造りしよりのなゝり」と書かれており、かつてこの地が沼沢地であり、14世紀後半にこの沼沢地に架けられた舟橋が由来であるとされる[5][6]。
沿革
- 宝永年間(1704年-1710年) 大船村が天領から旗本・建部氏の知行となる。
- 明治元年(1868年) 神奈川県の所属となり神奈川県多摩郡大船村となる。
- 1878年(明治11年) 神奈川県南多摩郡大船村となる。
- 1889年(明治22年) 町村制施行により神奈川県南多摩郡横山村大字大船となる。
- 1893年(明治26年) 南多摩郡が東京府に編入され、東京府南多摩郡横山村大字大船となる。
- 1943年(昭和18年)東京都制により、東京都南多摩郡横山村大字大船となる。
- 1955年(昭和30年)横山村の八王子市への編入により東京都八王子市大字大船となる。
- 1956年(昭和31年)東京都八王子市大船町となる。
- 1997年(平成9年)2月1日 - 住居表示を実施。一部がみなみ野5丁目に変更。
- 2004年(平成16年)1月31日 - 住居表示を実施。一部が七国4、5丁目に変更。
- 2006年(平成18年)12月6日 - 住居表示を実施。一部が七国3丁目に変更。
世帯数と人口
小・中学校の学区
市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[7]。
| 番地 | 小学校 | 中学校 | 通学許可校 |
|---|---|---|---|
| 1〜230番地 237〜243番地 936〜947番地 1004番地1〜9 | 八王子市立横山第一小学校 | 八王子市立椚田中学校 | 八王子市立緑が丘小学校 |
| その他 | 八王子市立緑が丘小学校 |