大西町

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廃止日 2005年1月16日
廃止理由 新設合併
今治市、大西町菊間町波方町玉川町朝倉村吉海町宮窪町伯方町上浦町大三島町関前村今治市
現在の自治体 今治市
日本の旗 日本
おおにしちょう
大西町
妙見山古墳
大西町旗
大西町旗
大西町章
大西町章
大西町旗 大西町章
廃止日 2005年1月16日
廃止理由 新設合併
今治市、大西町菊間町波方町玉川町朝倉村吉海町宮窪町伯方町上浦町大三島町関前村今治市
現在の自治体 今治市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 四国地方
都道府県 愛媛県
越智郡
市町村コード 38344-9
面積 18.81 km2
総人口 8,704
国勢調査、平成17年)
隣接自治体 今治市越智郡菊間町玉川町波方町
町の木 ヒノキ
町の花 ツツジ
大西町役場
所在地 799-2292
愛媛県越智郡大西町大字宮脇甲506番地の1
大西町役場(現:今治市役所菊間支所)
大西町役場(現:今治市役所菊間支所)
座標 北緯34度03分38秒 東経132度55分30秒 / 北緯34.06044度 東経132.92508度 / 34.06044; 132.92508座標: 北緯34度03分38秒 東経132度55分30秒 / 北緯34.06044度 東経132.92508度 / 34.06044; 132.92508
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大西町(おおにしちょう)は、愛媛県東予地方にあった。旧野間郡造船業とその関連産業が盛んであり、産業をはじめとした活力とゆとりをそなえた田園都市として成長を目指してきた。その施策として、古墳公園や下水道整備に着手し居住環境の質の向上を目指してきた。

位置・地形

四国の北西、高縄半島の西北部に位置している。山系が東西に延び、平野は概ね北部に広がり、斎灘に面している。内陸には扇状地状に比較的緩やかな丘陵地が拡がり、さらにその背後には山間地が横たわっているが、花崗岩質であり、土質はもろい。丘陵地は果樹園として利用されているものが多い。

町名の由来

昭和の合併時、井村と小西村の双方から一文字ずつ取ってくっつけた合成地名。

歴史

合併前の旧2村の記事も参照のこと。

  • 古代には怒麻(ぬま)と呼ばれた。
  • 律令時代には大井郡に属した。
  • 藩政期には松山藩に属し、新町に代官所、藩の年貢蔵が置かれ、野間郡の中心として栄えた。
  • 明治のはじめ、宮脇、大井浜、新町、紺原、九王、別府、星浦、脇、山之内の9箇村があった。
  • 1889年(明治22年)12月15日 - 町村制施行により、宮脇、大井浜、新町、紺原、九王の合併で大井村が、別府、星浦、脇、山之内が合併し小西村となる。
  • 1897年(明治30年)4月1日 - 野間郡が越智郡に統合される。
大西町発足後
  • 1955年(昭和30年)3月 - 大井村と小西村との合併により、「大西町」誕生。
  • 1961年(昭和36年) - 来島船渠が大西工場の建設に着手[1]。来島船渠の大西工場に松山刑務所大井造船作業場が開設される[1]
  • 1963年(昭和38年) - 町立大井中学校と町立小西中学校が統合し、町立大西中学校が発足。
  • 1966年(昭和41年) - 町立大井小学校と町立小西小学校が統合し、町立大西小学校が発足。
  • 1967年(昭和42年) - 波方町と波方町・大西町衛生事務組合を設立。
  • 1969年(昭和44年) - 脇工業団地を造成。
  • 1970年(昭和45年) - 町章を制定。
  • 1972年(昭和47年) - 星浦工業団地を造成。
  • 1973年(昭和48年) - 朝倉村玉川町波方町菊間町と共に越智郡陸地部土地開発公社を設立。
  • 1974年(昭和49年) - 今治地区広域消防組合が発足。
  • 1975年(昭和50年) - 大西町役場庁舎・中央公民館が落成。
  • 1976年(昭和51年) - 町立大西図書館が開館[2]
  • 1994年(平成6年) - 星の浦海浜公園がオープン。
  • 1995年(平成7年) - 藤山健康文化公園が開園。
  • 1996年(平成8年) - 大西藤山歴史資料館が開館。
  • 2005年(平成17年)1月 - 今治市と越智郡11か町村の合併で新:今治市となり、地方自治体としての大西町の歴史を閉じる。
大西町の系譜
(町村制実施以前の村) (明治期)      (昭和の合併)   (平成の合併)
            町村制施行時
新町  ━━━┓
大井浜 ━━━┫
宮脇  ━━━╋━━━大井村━━━━━━━━┓
九王  ━━━┫              ┃ 昭和30年3月31日合併
紺原  ━━━┛              ┃ 町制施行
山之内 ━━━┓              ┣━大西町━━━━━━┓
脇   ━━━┫              ┃          ┃
星浦  ━━━╋━━━小西村━━━━━━━━┛          ┃
別府  ━━━┛                         ┃平成17年1月16日
                                 ┃新設合併、新・今治市発足
                            今治市━━╋━━今治市
                            朝倉村━━┫
                            玉川町━━┫
                            波方町━━┫
                            菊間町━━┫
                            吉海村━━┫
                            宮窪町━━┫
                            伯方町━━┫
                            上浦町━━┫
                            大三島町━┫
                            関前村━━┛


(注記)今治市以下の市町村の合併以前の系譜はそれぞれの市・町・村の記事を参照のこと。

行政

  • 町長 門田迪郎(かどた みちお)最後の町長
  • 市町村合併の経緯
    大西町では、陸地部3箇町(大西町、波方町菊間町)での合併を志向するむきも一部にあったが、大きな流れにはならず、今治市を中心とした12市町村という全国的にも大規模な合併となった。

文化

  • 祭り
    継獅子は今治地方で広く見られるが、大西町九王地区の船上継獅子は全国でも珍しい。

教育

町内に高等学校はない。

中学校

小学校

幼稚園・保育園など

  • 小西保育園
  • 大井幼児園
  • 空と海認定こども園

経済・産業

  • 造船タオルを主力産業とする。今治市に近く、町外の事業所への通勤者も多い。
  • 農業はみかん中心であるが、銘柄産地とまではいかない。

造船業

合併前、2004年の工業統計で製造品出荷額等は680億円となっており造船業などの輸送機械が最も大きな割合を占めている[3]。大西町は新来島どっく企業城下町的傾向が強く、同社の発展を背景に町勢も拡大した[4]

新来島どっくの前身の来島船渠は1961年に大西工場の建設に着手[5]1968年には大西工場1号ドック・2号ドック、1972年に3号ドックを完成させた[5]。大西町では造船関連企業の誘致も積極的に行い、1969年に脇工業団地、1972年に星浦工業団地を造成した[4]

大西工場には最盛期の1983年には本工1,450名、関連下請工等650名が勤務し、大西町は法人住民税に占める来島どっく(当時)の割合が1984年度で約75%、固定資産税でも30%前後と言われ、雇用面・税収面など大きな役割を果たしていた[4]1980年代の急激な円高などに伴う来島どっくの経営悪化では雇用面を中心に大きな影響を与えた。

本社を置く主要企業

新来島どっく 本社

事業所を置く主要企業

小売店

金融機関

交通

JR四国 大西駅

鉄道

四国旅客鉄道(JR四国)
予讃線大西駅(普通のみ停車)

道路

国道
国道196号
県道
県道15号

路線バス

  • 瀬戸内運輸(せとうちバス)
    • 大西線(今治営業所・今治駅前~星ノ浦海浜公園)が運行されている。
  • いずみ観光
    • 松山空港との空港リムジンバスが運行されている(完全予約制)。

観光

鴨池海岸公園

史跡

公園

博物館・資料館

その他

  • 隠れキリシタン遺跡

祭事・催事

  • 春の大祭(5月) - 各所で獅子舞の奉納「継獅子の立ち芸」が行われている[6]。九王地区の龍神社の継獅子は祭神の海上渡御の先導として船上で行われている[6]
  • 大西いここい夏祭り(8月) - 地域に伝わる盆踊りの継承や地域の子どもたちが地元で楽しめるイベント開催を目的に2024年に初開催された[7]。町民有志からなる実行委員会が主催となっている[7]

特産品

みかん、伊予柑、ジャム、雲渓もなか

参考資料

  • 大西町教育委員会(1977年)『大西町誌』

脚注

関連項目

外部リンク

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