大越健介

From Wikipedia, the free encyclopedia

生誕 (1961-08-25) 1961年8月25日(64歳)
日本の旗 日本 新潟県三島郡寺泊町(現・長岡市
出身校 東京大学文学部国文学科卒業
テレビ番組 報道ステーション
おおこし けんすけ
大越 健介
生誕 (1961-08-25) 1961年8月25日(64歳)
日本の旗 日本 新潟県三島郡寺泊町(現・長岡市
出身校 東京大学文学部国文学科卒業
職業 NHK記者
ニュースキャスター
テレビ番組 報道ステーション
テンプレートを表示

大越 健介(おおこし けんすけ、1961年8月25日 - )は、テレビ朝日専属(局契約)ニュースキャスター、元日本放送協会 (NHK) 放送総局報道局政治部記者

NHKで20年以上記者として勤務し、NHK総合ニュースウオッチ9』で第4代男性メインキャスターと編集長を務めた[1][2]。2021年10月からテレビ朝日『報道ステーション』でメインキャスターを担当している。

大学時代に東大野球部で投手として活躍し日米大学野球の日本代表に選出された[1]

2018年8月28日から日本財団アドバイザリー会議委員を務め、2021年9月現在で2期目[3]

新潟県三島郡寺泊町(現:長岡市)で生まれ、3歳で新潟県職員であった父の転勤で新潟市へ移り[4]夏休み冬休みは祖母が住む寺泊へ帰る幼少期を送った[4]

新潟県立新潟高等学校に進学し、野球部で2年次に強肩の捕手として甲子園を目指した。3年次は投手へ転向して春の県大会で準優勝したが、夏の県大会はベスト8であった。大学でも野球を続けたかったが、高校時代の自分の実績では大学強豪野球部への入部はおぼつかないと考え、1年間浪人して東京大学文科三類へ進学し、所属した野球部で右サイドスローの投手として活動した[注 1]。1年生の秋からベンチ入りし、東京六大学リーグでエースとして通算50試合登板、8勝27敗、防御率3.52、142奪三振。8勝は東大の投手で5位タイ記録である。特に石井浩郎らを擁した早大から2度完封勝利を挙げている。「東大だったんだから頭脳派だったんでしょう」とよく言われるが、逆に力と気迫を前面に押し出す投球を信条とした。本人は「8勝も東大としてはまずまずだと思うけど、それよりも27敗を誇りに思う。よくここまで使ってもらえたと思うし、よくここまで投げぬいたな、と思う」と語る[6]。1982年の新人戦で3連投し、立大に5-1、法大に2-0で勝利し、決勝の早稲田は0-1で惜敗した。東大新人戦最高の準優勝に貢献した。1983年に太田誠駒澤大学野球部監督)は、日米大学野球選手権大会の大学日本代表メンバーに史上初めて東大から選出した[7][8][9][10]。当時の大学日本代表メンバーは明治大学広澤克己竹田光訓日本大学和田豊、法政大学の小早川毅彦らがいた。大越は第3戦で二番手投手として登板した[11]。のちに大リーグセントルイス・カージナルスなどで活躍したマーク・マグワイアとも対戦した[12]

同大学文学部国文学科卒業

1985年、NHKへ入局。初任地はNHK岡山放送局で、警察本部や行政で勤務を経験して4年間在籍した。1989年度から報道局政治部の政治記者として、橋本龍太郎(第82代内閣総理大臣)の番記者や、自由民主党竹下派経世会担当記者などを務めた。NHKのニュース番組で国会のレポートや『クローズアップ現代』などに出演した[4]

アメリカ海兵隊司令官James F. Amosに対して英語でインタビューする大越健介。2012年8月14日。

2005年に渡米して『NHKワシントン支局』へ配属となった。1年間の海外特派員を経て、2006年からワシントン支局長[2]を務める。米国滞在中にジョージ・W・ブッシュ大統領の直接取材バラク・オバマの大統領就任式取材総指揮、などを担当した[注 2]。4年間の在任期間を終えて2009年6月に帰国し、報道局政治部記者となる。。2010年3月29日から、前任の報道局社会部記者田口五朗の後任として『ニュースウオッチ9』のメインキャスターを務める。纏めとして国内海外の政治色を絡めつつ「大越自身の意見を表明する」と言うNHKの歴代ニュース番組としては異例なスタイルが度々話題となった[13]。2015年3月27日に井上あさひアナウンサー、広瀬智美アナウンサーととにメインキャスターを降板した。2018年4月から『サンデースポーツ2020』のキャスターを務め[14]、2020年9月に降板し、10月から『NHKスペシャル』でキャスターを務めた。2021年6月30日にNHKを定年退職した[15]

2021年秋の改編でテレビ朝日報道ステーション』の月曜から木曜のメインキャスターとして起用が発表され[16]、10月から担当を開始。2022年10月からは月曜日から金曜日まで『報道ステーション』でメインキャスターを務める。

2024年1月から「ジャーナリストカフェ」と銘打って、健全なジャーナリズムとは何かを考えるための講演会やセミナーを定期的に全国各地の大学と共同して開催している[17]

2025年10月5日に東京六大学野球の東大 - 慶大戦で連盟創設100年を記念した始球式を務め、母校のユニフォームを着て投じた[18]

主張

2026年04月22日放送の 『報道ステーション』において「本当にアメリカという民主主義国家において、正当な選挙で選ばれたリーダーなのか」と2024年アメリカ合衆国大統領選挙で勝利したドナルド・トランプの正当性に疑問を呈した[19]

雑記

野球選手としての経歴は2010年4月発売『週刊ベースボール』で特集された。2011年に『週刊ベースボール』でコラム「Baseball Watch」を隔週で連載した。

私生活

24歳で看護師と結婚して息子を3人授かった。大学時代に心置きなく野球に打ち込もうと、脱臼ぐせがある左肩を手術するため整形外科に入院し、看護実習で看護を担当した女性へ退院時にお礼を伝えようとして手紙を書いたことが、他意は無かったがのちに振り返ると結婚へと繋がった[20]

32歳から八王子市の郊外に居住する[注 3]。八王子の生活や通勤時の出来事をブログやコラムなどに記すことがある。

長男の遼介は、日本大学第三高等学校で左腕のエースとして第87回・夏の甲子園でベスト8に進出した。その後明治大学へ進み、硬式野球部を経て光シーガルズ内野手としてプレーした。2012年の引退後は、デザイン学校でグラフィックデザインを学び、グラフィックデザイナーとして活動し、東京都小金井市の市制施行60周年シンボルマークを手がけた[21]。その後再び日本製鉄山口へ戻り、スカウト兼アナライザーとして活動している[22]

2012年に同郷のDJケミカル (FUNKY MONKEY BABYS) のパフォーマンスが理解できず三男に問うと、「彼がいるから盛り上がる」と答えられた[23]

自宅で飼う茶白の猫コタローは、パソコンで文章を書いているとほぼ必ず横にやって来て"監修任務"につく。「にゃあ」と言うくらいで文章に文句をつけることはないが、ときどきキーボードの上を横断したり居すわったりして、すでに書いた文章を台無しにすることがある[24]

出演

NHK在籍時代
期間番組名役職備考
2010年4月2015年3月 ニュースウオッチ9NHK総合メインキャスター
2018年4月2020年9月 サンデースポーツ2020(NHK総合)司会
2019年4月2021年6月10日 マイあさ!NHKラジオ第1木曜日レギュラー出演同局定年退職に伴い降板
2021年3月11日 NHKスペシャル『定点映像 10年の記録 〜100か所のカメラが映した“復興”〜』(NHK総合)[25]進行キャスター同日で東日本大震災東北地方太平洋沖地震)から10年を迎えた事に伴い、左記をテーマにして放送
テレビ朝日専属契約締結後
期間番組名役職
2021年10月2022年9月 報道ステーション月 - 木曜日メインキャスター
2021年10月31日 選挙ステーションメインキャスター
2021年11月15日 徹子の部屋ゲスト出演
2022年1月28日不定期放送 タモリステーションナビゲーター
2022年10月現在 報道ステーションメインキャスター

関連人物

脚注

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI