大阪放送会館

大阪市中央区にあるNHKの局舎 From Wikipedia, the free encyclopedia

大阪放送会館(おおさかほうそうかいかん)は、日本の大阪府大阪市中央区に所在するNHK大阪放送局の局舎である。

所在地 大阪府大阪市中央区大手前四丁目1-20
座標 北緯34度40分57.67秒 東経135度31分12.16秒
状態 完成・運用中
着工 1998年1月起工、2001年(平成13年)4月竣工
概要 大阪放送会館, 施設情報 ...
大阪放送会館
大阪放送会館の位置(大阪市内)
大阪放送会館
大阪放送会館
施設情報
所在地 大阪府大阪市中央区大手前四丁目1-20
座標 北緯34度40分57.67秒 東経135度31分12.16秒
状態 完成・運用中
着工 1998年1月起工、2001年(平成13年)4月竣工
建設期間 3年3ヶ月間
開業 2001年(平成13年)4月 ※放送機能は、同年11月より運用開始
各種諸元
階数 地下3階、地上18階(地上高134m)
関連企業
設計 NHK技術局開発センター、大阪市住宅局営繕部、日本設計、NTTファシリティーズ、シーザー・ペリ・アンド・アソシエーツ・ジャパン
施工 大林組、竹中工務店、戸田建設、三井建設、安藤建設
所有者 日本放送協会
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施工 大林組
建築主 日本放送協会
敷地面積 7,200 m²
延床面積 14,500 m²
概要 大阪放送会館, 情報 ...
大阪放送会館
情報
施工 大林組
建築主 日本放送協会
敷地面積 7,200 m²
延床面積 14,500 m²
状態 解体
階数 地上4階(ただし塔屋を含まず)地下1階
竣工 1963年(昭和38年)11月12日
解体 2002年(平成14年)
備考 新館
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建築主 日本放送協会
状態 解体
竣工 1957年(昭和32年)4月18日
解体 2002年(平成14年)
概要 大阪放送会館, 情報 ...
大阪放送会館
情報
建築主 日本放送協会
状態 解体
竣工 1957年(昭和32年)4月18日
解体 2002年(平成14年)
備考 別館
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用途 放送局
設計者 渡辺仁(渡辺仁建築工務所)、日本放送協会臨時建築部
構造設計者 内藤多仲
施工 大林組
概要 大阪放送会館, 情報 ...
大阪放送会館
情報
用途 放送局
設計者 渡辺仁(渡辺仁建築工務所)、日本放送協会臨時建築部
構造設計者 内藤多仲
施工 大林組
建築主 日本放送協会
事業主体 日本放送協会
構造形式 鉄骨鉄筋コンクリート構造
敷地面積 3,305.70 m²
建築面積 1,927.01 m²
延床面積 9,661.49 m²
状態 解体
階数 地上9階(ただし塔屋3階分を含む)地下1階
高さ 軒高24.45メートル(80.69尺)、塔屋高37.88メートル(125.00尺)
着工 1934年(昭和9年)2月19日
竣工 1936年(昭和11年)10月21日
解体 2002年(平成14年)
所在地 大阪府大阪市中央区馬場町3番43号
座標 北緯34度40分57.97秒 東経135度31分18.47秒
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現在の放送会館は2001年平成13年)に運用を開始した2代目である。ここでは1936年昭和11年)に建てられた初代の放送会館についても記す。

初代

歴史

1925年大正14年)、当時の社団法人大阪放送局の放送は、北浜にあった三越呉服店大阪支店の屋上から開始された。局は翌年の1926年(大正15年)12月1日には上本町9丁目[1](現在の近鉄タクシー本社の近隣)において木造2階建ての局舎(上本町演奏所)を建設して運用を開始したが、それは狭隘かつ音響も悪いなど諸所に難があったので、新局舎建設が発議され、大阪城公園の南西、法円坂に隣接する馬場町に建設用地を確保した[2]

その設計は1932年昭和7年)6月28日に日本放送協会が渡辺仁山下寿郎高橋貞太郎安井武雄渡辺節石本喜久治の6名を指名し図案の提出を求め、協会側より設計要旨を示し、図案提出期限を9月末日として、総数11種の図案が提出され、審査員は建築学会正員側内田祥三佐藤功一宗兵蔵、日本放送協会本部側より小森常務、日本放送協会関西支部側より廣江常務にして審議の結果、同年10月31日の最終審査において渡辺仁案が最優秀案に選定された。局舎は1934年(昭和9年)2月19日起工され、1936年(昭和11年)10月21日落成式が行われた。

戦時中には中部軍司令部の通信参謀の指示で塔屋頂上部に高射砲が置かれ、屋根には焼夷弾を滑落させる目的で青竹製の傾斜した屋根が組まれた[3]1945年(昭和20年)8月14日には米軍による空襲の被害を初めて受け、多くの窓ガラスが破損するなどの被害をこうむった。[4]

第二次世界大戦で日本が敗戦した後の1945年(昭和20年)9月23日、地上3階から地上7階の一部ないし全部を米軍が接収した[5]。この期間、1949年(昭和24年)10月まではCCD(民間検閲支隊)の検閲官による検閲(1947年8月までは事前検閲、それ以降は事後検閲)が行われたほか、1953年(昭和28年)8月22日までは10キロワットの占領軍向け放送(AFRS、後にFENと改称、呼出符号 WVTQ)などに利用された[6]。テレビ放送の開始を理由とする再三の接収解除要求の結果、1954年(昭和29年)8月9日に接収解除された。[6]

テレビジョン放送が開始されると、ラジオ放送のみを想定した局舎(本館)のみでは狭隘になったため、1957年(昭和32年)4月18日には敷地東側にテレビ専用スタジオの「別館」が建設された[7]。その後の1963年(昭和38年)11月12日には本館南側の国有地を買収した敷地に地上4階・地下1階建ての「新館」が竣工した[8]。この新館の建設中には難波宮跡の発掘が行われた[9]。なお大阪放送局では1962年(昭和37年)6月30日から1963年(昭和38年)8月まで毎日会館を「堂島スタジオ」として借用していたことがあった。[10]

馬場町にあった初代の大阪放送会館は、後述の2代目会館の稼働開始後に取り壊され、長らくコインパーキング(三井のリパーク)となっていたが、2026年現在、難波宮跡公園(内裏地区)および商業施設「なノにわ」となっている。

建築概要

本館の設計は渡辺仁建築工務所渡辺仁にして構造設計は内藤多仲であった。全部で12のスタジオがあって、そのうち最大のものは3階層分の吹き抜け。翼型の平面計画でスタジオを道路から離れた位置に配するなど、敷地周辺からの遮音に配慮した設計がなされていた。施工は大林組。

新館は地下1階、地上4階建て、延床面積14,500平方メートルの規模の建物で、建設当初地上8階までの増築を見込み、それに見合う基礎工事やエレベーターを増築するための設計がなされていたが、後に建築基準法が改正されたため実現しなかった[9]。地下1階は局員及び関係者専用の食堂として使われていた。施工は大林組。

2代目

歴史

隣接の大阪歴史博物館と一体で設計・建設。1998年1月起工、2001年(平成13年)4月竣工。テレビ用・ラジオ用スタジオを各6室、計12室備えている。

放送機能は2001年平成13年)11月から運用が開始され、2003年(平成15年)の地上デジタル放送を見据えてHD設備を当初から導入していた。会館時は関西ウィークとして祝った。2003年(平成15年)第23回大阪まちなみ賞大阪市長賞を受賞。

2008年(平成20年)4月に全てのテレビスタジオがHD収録に対応。

2009年(平成21年)からは大阪放送会館を東京の放送センターが被災した際のバックアップとして機能させるために準備を進め、2010年4月に緊急地震速報受信装置を、2010年中にBSデジタル副局を設置して、大阪からBS放送を経由して全国の地上放送(総合テレビ)へ放送する環境を整えた。これ以降、災害初期報道の訓練を定期的に行って万が一に備えている。

近隣に読売テレビの本社があり、大阪放送会館の屋上に設置された情報カメラが大阪城と共に映すことがある(逆に、読売テレビ本社裏手のTWIN21に設置された情報カメラからも大阪放送会館を映すことがある)。

スタジオ

  • T-1スタジオ(8階)
連続テレビ小説収録に使用。
  • T-2スタジオ(8階)
バラエティー番組などに使用。T-1に隣接。
  • T-3スタジオ(14階)
かんさい熱視線などに使用。
  • BKプラザスタジオ(1階)
後述。
  • NCAスタジオ(11階)
列島ニュースニュースほっと関西おはよう関西ウィークエンド関西ニュース きん5時および定時ニュースに使用。
  • NCBスタジオ(11階)
定時ニュースに使用。
  • R-1スタジオ
  • R-2スタジオ
  • R-3スタジオ
  • RNC-1スタジオ(11階)
関西ラジオワイドに使用。
  • RNC-2スタジオ(11階)
  • RNC-3スタジオ(11階)

BKプラザ

アトリウム外観(2012年8月)

2001年11月に新局舎が完成した際、1階と9階を「BKプラザ」として一般公開スペースにした。

見学について[11]

  • 開館日時:毎日10:00から18:00(入場締め切り17:30)
  • 休館日:毎週火曜日(設備メンテナンス実施日)と年末年始(12月29日から翌年1月3日)
  • 入館料:無料(ただし20名以上のグループは要予約)

視聴者が放送スタジオの雰囲気を疑似体験できる「なりきりスタジオ」や関西関連の番組を収蔵した『BKライブラリー』、地上デジタルテレビジョン放送の体験コーナー、NHKの番組・『おかあさんといっしょ』などのキャラクター関連グッズの展示・販売を行うコーナーがある。

1階にはオープンスタジオが設けられており、かつては以下の公開番組などに使用されていた。

オープンスタジオでは平日は学校や会社などの社会見学として、休日や学校の長期休校日などには個人見学によって番組の収録体験をすることができる。

1階にはアトリウム(大阪放送局と大阪歴史博物館の共通エントランス)があり、11月の施設見学会のアトラクションなどをはじめとした様々なイベントにも使用されている。かつては喫茶店も設けられていた[12]

9階には番組関連パネルの展示やNHKオンデマンドの体験コーナーがある[11]。かつては9階から、8階のドラマスタジオの収録を窓越しに見学できる「スタジオビジョン」があったほか、NHKアーカイブスのオンライン・ライブラリーコーナー、大阪放送局制作のドラマ・バラエティーなどに出演しているタレントらのサインなどを展示する「あこがれショーケース」、大阪放送局の歴史や放送局の裏側を収録した「BKパノラマグラフィティー」などの展示があった[13]

年表

  • 1934年(昭和9年)2月19日 - 初代大阪放送会館本館起工。
  • 1936年(昭和11年)10月21日 - 落成式。
  • 1945年(昭和20年)9月23日 - 米軍が本館の一部を接収。
  • 1954年(昭和29年)8月9日 - 接収解除。
  • 1957年(昭和32年)4月18日 - 本館東側にテレビ専用スタジオの別館竣工。
  • 1963年(昭和38年)11月12日 - 本館南側に新館竣工。
  • 2001年(平成13年)11月3日 - 2代目大阪放送会館竣工。これにより局舎を馬場町から大手前に移転。

出典

参考文献

関連項目

外部リンク

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