大隅正人

日本のプロ野球選手 (1948-2021) From Wikipedia, the free encyclopedia

大隅 正人(おおすみ まさと、本名:竹内 正人(たけうち まさと)、旧姓:大隅、1948年2月17日[1] - 2021年8月3日)は、静岡県[2]出身のプロ野球選手投手外野手内野手)。左投左打。

国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1948-02-17) 1948年2月17日
没年月日 (2021-08-03) 2021年8月3日(73歳没)
概要 基本情報, 国籍 ...
大隅 正人
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 静岡県田方郡函南町
生年月日 (1948-02-17) 1948年2月17日
没年月日 (2021-08-03) 2021年8月3日(73歳没)
身長
体重
182 cm
80 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手 内野手 外野手
プロ入り 1967年 ドラフト3位
初出場 1969年8月26日
最終出場 1981年10月4日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
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来歴・人物

三島高等学校からサッポロビールに進み、1967年第38回都市対抗野球大会にも出場。同年のドラフト3位にて巨人に入団する。

1970年11月に自由契約となる[2]中日に移籍し、投手から打者への本格的な転向を図る[2]

1972年ウエスタン・リーグで打率.380を記録して首位打者を獲得。

1973年には一軍で自己最高の79試合に出場した[2]。主に代打として起用されたが、一塁手外野手として19試合に先発出場を果たす。しかし翌年は藤波行雄の入団や、谷木恭平の台頭もあって出場機会が激減。

1976年オフ、稲葉光雄島谷金二と共に戸田善紀大石弥太郎森本潔小松健二との3対4の大型トレードで阪急移籍[2]

1977年には再度投手として登板を果たした。1977年の巨人との日本シリーズでは2試合に出場。

1978年ヤクルトとの日本シリーズでは5試合に守備固めとして出場、1978年の第6戦では9回に打席に立つが、一塁ゴロに終わる。

1981年限りで現役引退[2]

一塁守備には定評があり、阪急在籍時は守備に不安のある加藤秀司高井保弘に代わり終盤の守りを固めた。

2021年8月3日 午前10時30分、肺炎のため名古屋市内の病院で死去[3]73歳没

詳細情報

年度別投手成績

さらに見る 年 度, 球団 ...




















































W
H
I
P
1971 中日 1000000--------30.1101000012254.006.00
1977 阪急 20000000------182.1614001017627.004.29
通算:2年 30000000------212.2715001029824.004.50
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年度別打撃成績

さらに見る 年 度, 球団 ...
















































O
P
S
1969 巨人 1110000000000000000.000.000.000.000
1970 1110000000000000010.000.000.000.000
1971 中日 3220000000000000010.000.000.000.000
1972 2118170210032000100030.118.111.176.288
1973 7910910172460236150002600126.238.275.356.632
1974 12990200020000000031.222.222.222.444
1976 7660100010000000010.167.167.167.333
1977 阪急 7925245520071000010050.208.240.292.532
1978 8728265320051020020020.115.179.192.371
1979 8127261200021010100031.077.074.077.151
1980 1412120200020000000030.167.167.167.333
1981 3220000001000000010.000.000.000.000
通算:12年 3882402271841110258210304900358.181.208.256.464
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記録

背番号

脚注

関連項目

外部リンク

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