社伝によれば、901年に菅原道真が、藤原時平により九州大宰府へ配転させられた際、当社に参拝し海路の平穏を祈ったと伝えられている。また、一説では天満天神の夏祭りでの「船渡御」での鉾流し神事において、堂島川のその鉾の流れ着いたところに行宮の位置を決めていた際に、流れ着いた時の行宮跡とする説がある[1]。また菅原道真はこの辺りを餓飢島と呼ばれていたのを福島と名づけられた。以降、当社は人々に天神様として尊崇を集められたことが起源とされている。
元禄時代に現在の拝殿が建てられたと伝えられている。1872年 (明治5年) 村社に列せられる。1907年 (明治40年)に 豊光神社を合祀する。