奇想天外歌合戦
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| 奇想天外歌合戦 | |
|---|---|
|
番組の収録が行われていた場所の1つ・後楽園ホール | |
| ジャンル | 歌謡バラエティ番組 |
| 出演者 |
正司敏江・玲児 視聴者チーム2組 |
| 審査員 |
富永一朗 週替わりの男女1名ずつ ゲスト歌手 |
| 製作 | |
| 制作 | 日本テレビ |
| 放送 | |
| 放送国・地域 | |
| 30分番組時代 | |
| 放送期間 | 1971年7月7日 - 1971年8月 |
| 放送時間 | 水曜 19:00 - 19:30 |
| 放送分 | 30分 |
| 26分番組時代 | |
| 放送期間 | 1971年9月 - 1972年6月28日 |
| 放送時間 | 水曜 19:00 - 19:26 |
| 放送分 | 26分 |
『奇想天外歌合戦』(きそうてんがいうたがっせん)は、1971年7月7日から1972年6月28日まで日本テレビ系列局で放送されていた日本テレビ製作の歌謡バラエティ番組である。
一般人4人のチーム×2組が出場し、歌で競いあっていた視聴者参加型番組。一般的な歌合戦番組と違うのは、出場者たちを支離滅裂な仕掛けのあるステージに上げて歌わせていた点である(個人戦のみ)。出場者たちは番組の仕掛けに悪戦苦闘しながら歌い、観客の笑いを誘っていた。
通常は家族単位でのチーム同士による家族対抗戦が行われていたが、稀に各都市の代表チーム同士による都市対抗戦を行うことがあった。また末期には、8人の芸能人たちが「奇想チーム」と「天外チーム」とに分かれ、同様に仕掛けのあるステージでものまね合戦をする芸能人対抗戦を行うこともあった。
司会は上方漫才師の正司敏江・玲児、レギュラー審査員は漫画家の富永一朗という組み合わせだった。富永は、番組のタイトルロゴやセットのイラストも担当した。番組のオープニングでは、敏江・玲児が「奇想天外歌合戦」と書かれた大きな玉をぶち破って中から現れるという趣向が凝らされていた。
放送時間
いずれも日本標準時。
- 水曜 19:00 - 19:30 (1971年7月7日 - 1971年8月18日[注 1])
- 水曜 19:00 - 19:26 (1971年9月1日[2] - 1972年6月28日) - それまで19:56から放送されていた『NNNニューススポット』が『新・オバケのQ太郎』の放送開始によって19:26からに繰り上げられたため、放送枠が4分縮小。