守山 (名古屋市)
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歴史
町名の由来
江戸期の春日井郡守山村を前身とする[1]。中世までは山田郡に属した。山守りに由来する説、森山が転じた説があり、はっきりしないという[2]。「守山」という地名の史料上の初出は戦国期で、大永6年(1526年)付『宗長日記』に「尾張国守山」とある。それ以前は「木賀崎」と称されることが多く、長母寺の所在地として知られていた[3]。
江戸期の守山村には「秦江」「大門」という枝郷が存在したが、明和年間までの度重なる水害で多くの家屋が流失したという。「秦江」の名は南北朝期から確認でき、貞治4年(1365年)付『足利義詮安堵状』に「尾張国山田庄内...秦江郷」とある。
行政区画の変遷
大字守山
- 1889年(明治22年)10月1日 - 合併に伴い、東春日井郡二城村大字守山が成立する[1]。
- 1906年(明治39年)7月16日 - 合併に伴い、東春日井郡守山町大字守山となる[1]。
- 1954年(昭和29年)6月1日 - 市制施行に伴い、守山市大字守山となる[1]。
- 1963年(昭和38年)2月15日 - 合併に伴い、名古屋市守山区大字守山となる[1]。
- 1968年(昭和43年)1月18日 - 一部が守牧町・金屋一丁目に編入される[4]。
- 1990年(平成2年)11月26日 - 大字守山の一部が守山一丁目・守山二丁目・守山三丁目[1]および西島町[1]・東山町[5]にそれぞれ編入される。
- 1991年(平成3年)11月25日 - 大字守山の一部が市場・町北・鳥羽見一丁目から同三丁目に編入される[6]。
- 1992年(平成4年)11月24日 - 大字守山の一部が更屋敷・町南に編入される[6]。
- 1998年(平成10年)2月16日 - 大字守山の一部が幸心一丁目・新守西・新守山に編入される[7]。
- 2001年(平成13年)11月19日 - 大字守山の一部が瀬古東一丁目に編入される[7]。
守山一丁目から守山三丁目
- 1990年(平成2年)11月26日 - 守山区守山一丁目が大字守山、守山二丁目が大字牛牧・大字大森垣内・大字小幡・大字金屋坊・大字守山・守牧町、守山三丁目が大字廿軒家・大字守山の各一部からそれぞれ成立する[1]。
町名の変遷
| 実施後 | 実施年月日 | 実施前 |
|---|---|---|
| 守山一丁目 | 1990年(平成2年)11月26日 | 大字守山の一部(字茶臼の全域、字町北・字町南・字北山の各一部)[8] |
| 守山二丁目 | 大字牛牧(字影口の一部)・大字大森垣内(字欠口の一部)・大字小幡(字西浦市場の一部)・大字金屋坊(字影道の一部)・大字守山(字北山・字東山の各一部)・守牧町の各一部[8] | |
| 守山三丁目 | 大字廿軒家(字廿軒家の一部)・大字守山(字山屋敷・字東山の各一部)[8] |
出来事
世帯数と人口
学区
市立小・中学校に通う場合、学校等は以下の通りとなる[WEB 11]。また、公立高等学校に通う場合の学区は以下の通りとなる[WEB 12]。
| 丁目 | 番・番地等 | 小学校 | 中学校 | 高等学校 |
|---|---|---|---|---|
| 守山一丁目 | 全域 | 名古屋市立守山小学校 | 名古屋市立守山中学校 | 尾張学区 |
| 守山二丁目 | 全域 | |||
| 守山三丁目 | 全域 |
